1.『江戸小咄』「鹿の子餅」
ある日のこと、深川あたりに住む商人の男が、久々に江戸の親戚を訪ねることとなった。手土産には名物の「鹿の子餅(かのこもち)」を選ぶ。艶やかでつやつやとしたあずきの粒 が、鹿の子模様に似て見事な仕上がり。男は風呂敷に丁寧に包み、「これは見た目も味も上等、きっと喜ばれるにちがいない」と意気揚々と出かけた... 続きをみる
語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち
日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。 よかったら ★nice! をポチット押してね。
ある日のこと、深川あたりに住む商人の男が、久々に江戸の親戚を訪ねることとなった。手土産には名物の「鹿の子餅(かのこもち)」を選ぶ。艶やかでつやつやとしたあずきの粒 が、鹿の子模様に似て見事な仕上がり。男は風呂敷に丁寧に包み、「これは見た目も味も上等、きっと喜ばれるにちがいない」と意気揚々と出かけた... 続きをみる
むかしむかし、ある山里に、優しく働き者のおじいさんがいました。顔に大きなこぶがありましたが、誰に対してもにこやかで、村人にも慕われていました。ある日、薪を取りに山へ入り、夢中になっているうちに日が暮れてしまい、道に迷ってしまいます。木々のざわめきに囲まれた山中、ひとりたたずむおじいさんは、心細げに... 続きをみる
16.三遊亭円歌(さんゆうていえんか)「3代目」 生年月日昭和7年(1932年)1月10日 没年月日平成29年(2017年)4月23日 享年:85歳 三代目 三遊亭圓歌は、昭和7年(1932年)に東京・向島で生まれ、戦後の落語界を代表する名人の一人です。1945年に二代目三遊亭円歌に入門し、前座名... 続きをみる
江戸の色街・吉原通いに熱を上げていた若旦那・清三郎(きよさぶろう)。馴染みの花魁・花魁小糸(こいと)にぞっこんだったが、ある日ぱったりと会えなくなった。理由も告げられず、門前払いを食らうばかり。恋患いの若旦那は、日に日に痩せ細り、番頭やご隠居も心配顔。「このままじゃ病になりかねん」と頭を抱える。 ... 続きをみる
品行方正を絵に描いたような若旦那・時次郎。年は二十そこそこ、髷も初々しく、母のいいつけを守ってお寺通いと学問三昧。遊びの「ゆ」の字も知らぬ堅物ぶり。町の者たちは「このままでは男が腐る」と心配し、馴染みの遊び人・源兵衛と田之助が一計を案じる。無垢な若旦那を花街に連れ出して、“男の世界&r... 続きをみる
ある長屋の商家に、まじめで口数の少ない下女・お春(おはる)がいた。若いながらも気立てがよく、掃除洗濯に炊事と、主の家に尽くして働いていた。だが密かに思うことがあった。――「一度でいいから、少しはおしゃれをして、お店の表を歩いてみたい……」と。 ある日、奥様が外出中にふと... 続きをみる
昔々、ある村に身寄りのない老夫婦が住んでおりました。子どもに恵まれなかったふたりは、神さまに毎日お祈りをしていました。するとある晩、老夫婦のもとに夢のお告げがあり、「川のほとりに行けば、授かるものがある」と告げられます。翌朝、ふたりが川辺に行くと、大きな桃のような包みに包まれた赤子が流れてきました... 続きをみる
八五郎は、酒に溺れては家に金も入れず、博打と喧嘩に明け暮れる日々。ついには堪忍袋の緒が切れた女房、おたかが三行半を突きつけ、幼い息子・亀吉を連れて実家へ帰ってしまう。「出てけ!」と言われたときの八っつぁんの負け惜しみと空元気、しかしその実、胸の奥ではポッカリと大きな穴が開いたような淋しさを感じてい... 続きをみる
江戸の町に、盆と正月だけ奉公人が休みをもらって実家に帰る「藪入り」の風習あり。ある長屋、堅気な職人の父親と、口数の少ない母親のもとへ、久々に一人息子・亀吉が帰ってくる。町の連中も「亀坊が帰ってくる日か」と噂するほど、親の喜びようはひとしおで、前の晩から母親は赤飯を炊き、父親は風呂を焚いて待ちわびて... 続きをみる
江戸の町、浅草の裏長屋に住む与兵衛(よへえ)は、年の頃は四十手前、独り身で、毎朝ていねいに髭(ひげ)を整えるのが日課という、ちょいと小粋な男である。町内では「髭の与兵衛」として親しまれ、子どもたちにも慕われていた。そんな彼に、ご隠居が声をかけた。 「与兵衛さん、その髭、どうしてそんなに見事なんで?... 続きをみる
昔、貧しいが心の優しいおじいさんと、おばあさんが山里に住んでいました。ある冬の日、おじいさんは山へ薪を取りに行きましたが、大雪で道に迷ってしまいます。寒さに震えていると、ふと目の前に古びた地蔵さまが現れました。おじいさんはその地蔵に「助けてください」と手を合わせ、しばらくそばに座って雪をしのぎまし... 続きをみる
昔々、京の町の外れに、**牛若丸(うしわかまる)という美しい少年がいました。牛若丸は、亡き父の志を胸に、山深い鞍馬寺で修行の日々を送っていました。ある晩、山の杉林で剣の稽古に励んでいると、赤ら顔に長い鼻の大天狗(だいてんぐ)**が現れ、「お前に秘剣を授けよう」と告げます。こうして、牛若丸は空を飛ぶ... 続きをみる
昔々、貧しいが心優しい男が村に住んでいた。元旦の夜、男は枕の下に七福神の絵を敷いて眠ると、不思議な夢を見た。夢の中で白い着物を着た老人が現れ、「江戸の橋のたもとに行け。そこで運を得る」と告げた。目覚めた男は、その夢をただの寝言とは思わず、さっそく旅の支度を始めた。 男は江戸へ向かい、橋のたもとに立... 続きをみる
10.古今亭志ん朝(ここんていしんちょう)「3代目」 生年月日:昭和13年(1938年)3月10日 没年月日:平成13年(2001年)10月1日 享年:64歳 古今亭志ん朝(ここんてい しんちょう)三代目は、昭和・平成を代表する江戸落語の名人で、本名は美濃部強次。父は昭和の大名人・古今亭志ん生。明... 続きをみる
江戸の町にて、旅の噺好きが耳にしたのは、"嘘しか言わぬ村"があるとの話。その名も「うそつき村」。興味津々、男は早速そこへ向かうこととした。道中、旅籠の亭主や道端の百姓らも口を揃えて「あの村の連中は、嘘しかつかん」と言う。道を進むうち、男の胸は高鳴り、目の前に現れたのは、どこかの... 続きをみる
江戸の町は春の宵、町角に立つは長屋住まいの八五郎(はちごろう)。日がな一日を無為に過ごし、のんびり鼻をほじっていたところを、向こうからふらりと現れたのは、隣町で評判の物知りご隠居。 「おう八、何をしてる?」 「へい、ちょいと…鼻でもいじっておりました」 江戸の市井に生きる男の、なんと... 続きをみる
昔々、ある老夫婦が「子どもがほしい」と毎日神に祈っていたところ、ついに願いが叶い、指ほどの小さな男の子が生まれた。「一寸法師(いっすんぼうし)」と名づけられたその子は、背は小さいが心は立派。成長してやがて、「都に行って侍になりたい」と願い、お椀の船に針の刀、箸の櫂を持ち、川を下って都を目指す。 や... 続きをみる
浦島太郎(うらしまたろう)は、心やさしい漁師の青年。ある日、村の浜辺で、子どもたちが一匹の小さな亀をいじめているのを見つけた。「かわいそうに」と浦島は子どもたちをたしなめ、亀を助けて海へ逃がしてやった。穏やかな波の向こうへ泳ぎ去る亀を、浦島は優しい目で見送った。 数日後、海で漁をしている浦島の前に... 続きをみる
町内に住む碁好きの隠居が、今日も暇を持て余しつつ、誰か相手が来ないかと待っていた。そこへ現れたのが、見慣れぬ若者。物腰柔らかで、碁も少々打てるというので、さっそく対局が始まる。だがこの若者、素人を装いながらも、じつはかなりの腕前。隠居はまったく歯が立たず、連戦連敗で悔しがる。 それでも勝てぬとなる... 続きをみる
むかしむかし、ある村に心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。ふたりは貧しいながらも仲良く暮らし、周囲の生き物にも分け隔てなく愛情を注いでいました。ある日、一匹の白い犬がやってきて、老夫婦に懐きます。ふたりはこの犬を「シロ」と名づけ、まるで子どものように大切に育てました。 ある日、シロが庭... 続きをみる
むかしむかし、雪深い村に一人の若者が住んでいました。ある寒い日のこと、山道で罠にかかった一羽の鶴を見つけます。羽は血に染まり、今にも命絶えんばかり。若者は「こんな寒さでは死んでしまう」と言い、罠を外して鶴を放してやりました。鶴は一度こちらを見つめると、空高く飛び去っていきました。 数日後、吹雪の夜... 続きをみる
我が家では、食事の好みが正反対です。私は骨の付いた魚が苦手。子どものころ、鯛の骨を喉に刺して大騒ぎになって以来、焼き魚を見るだけで肩に力が入ります。一方、家内は肉がまるで駄目。幼いころ、飼っていた鶏が首を絞めておかずになった日から、肉料理を見ると箸が止まるのです。 そのため結婚以来、食卓にはいつも... 続きをみる
長屋の若い男が、兄貴分の忠告を受けるところから始まる。「これからは人とのつきあいを大事にせにゃならねぇ。その第一歩が“ほめる”ってぇもんさ」――と、兄貴は語る。ちょうど近所のご隠居が飼ってる立派な牛を見て、「あの牛をうまくほめて、話しかけてみな」と指南する。若者はうなずき、... 続きをみる
むかしむかし、とある村に働かずに三年もの間、寝続けている若者がいた。「寝太郎(ねたろう)」と呼ばれるその男は、毎日ひたすら布団の中でゴロゴロしているだけ。村人たちは「あれじゃ、何の役にも立たん」と呆れ果てていた。働き者の親も心配したが、寝太郎はただニコニコ笑って眠り続けるばかりで、起きる気配すらな... 続きをみる
江戸の町はずれ、貧しいが気のいい八人の男たちが長屋に暮らしていた。ある日、その中の一人が「法華経(ほけきょう)」の信仰を始め、講(こう)という集まりに通い出す。講では信仰のありがたさを説く一方、参加者には白飯と煮しめが振る舞われるという話に、長屋中の者たちが目を輝かせた。「飯にありつけるなら、拝ん... 続きをみる
ある日、浅草の縁日帰りの道すがら、町人の熊五郎と八公が、厩(うまや)の前を通りかかる。そこには、一頭の牛と、一頭の馬が並んでつながれていた。牛はおっとりとした目で黙って草をはみ、馬はそわそわと足を動かし、鼻息荒く辺りを見渡している。 熊五郎がふと、「おい八、牛と馬、どっちが賢いと思う?」と聞く。八... 続きをみる