17.『江戸小咄』「下女(げじょ)」
ある長屋の商家に、まじめで口数の少ない下女・お春(おはる)がいた。若いながらも気立てがよく、掃除洗濯に炊事と、主の家に尽くして働いていた。だが密かに思うことがあった。――「一度でいいから、少しはおしゃれをして、お店の表を歩いてみたい……」と。

ある日、奥様が外出中にふと思い立ったお春。箪笥の奥からきれいな絞りの小袖を取り出し、髪も丁寧に結い直した。鏡に向かい、思わず笑みがこぼれる。草履を履いて表に出てみれば、町人たちが振り返るほどの美しさ。「あらあら、あの娘さん、どこのご新造さんかしら」などと声が聞こえる。お春はうれしさと気恥ずかしさを胸に、そっと店先を一回りして戻った。

ところがその様子を、近所の魚屋の八っつぁんに見られていた。「さっきのきれいなお嬢さん、まさかお春ちゃんじゃねぇよな?」と、冗談半分に主婦たちに吹聴してしまう。噂はたちまち店主の耳に入り、「奉公人が店の衣装で町をうろつくとは何事だ!」とお春は叱責を受ける。

そのとき、奥様が戻ってきて事情を聞くと、やさしく微笑み、「たまには夢を見たっていいじゃないの。お春のこと、よく働いてくれてるからね」と一言。主も渋い顔をしながらも、「今度は勝手に着るんじゃねぇぞ」とだけ言い、許すことに。お春は深々と頭を下げた。――江戸の町では、少しの夢にも、ちょっとした粋が息づいていた。

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