江戸の長屋の住人、八五郎は、なんとも口の悪い江戸っ子。ある日、友人から芝居のチケットをもらうが、「芝居なんて野暮なもんは見ねえ」と悪態をつく。しかし、その芝居が「役者がやかんを持って出てくる」という珍しい趣向だと聞きつけると、急に気が変わり、観に行くことにする。
芝居の帰り、八五郎はやかんを持った役者の妙技に感動し、「ありゃ大したもんだ、やかんの使い方ひとつで客を笑わせるとは!」としきりに感心する。芸の力にすっかり魅了され、何か一つ芸を身に付けたくなる。

そんな時、近所の落語家・師匠のもとを訪ね、「弟子にしてくれ」と頼み込む八五郎。ところが本人は、芸どころか話し方も知らない。それでも強引に押しかけ、師匠は仕方なく受け入れる。
「じゃあまずは小咄でも覚えてみな」と言われるが、八五郎は「小咄よりも、やかんの芸を覚えたい」と言い出す。師匠は面食らうが、八五郎の熱意に負け、「じゃあ“やかん”という落語をやってみるか」と教え始める。だが八五郎は稽古中も落ち着きがなく、すぐ話が飛んでしまう。

やっとのことで「やかん」の一席を覚え、いざ初高座に。寄席の舞台裏でも緊張しまくり。いよいよ幕が開くと、「えー、やかんという噺を一つ……」と始めるが、冒頭から噛み、途中で話が前後し、しまいには「やかんが…いや、かんやが…」と何が何だか分からなくなる。
客席からはくすくす笑いが起こり、それが八五郎には「ウケている」と勘違い。勢いづいてデタラメをまくし立てるが、最終的には「…なんだかよくわかんなくなっちまった!」と投げ出してしまう。

高座を降りた八五郎は、頭を掻きながら「やっぱり芸は一日にしてならずだなぁ」とぼやく。師匠も呆れつつ、「でもまぁ、あれだけで笑わせたんだから、大したもんだよ」と声をかける。
江戸の寄席は今日もにぎわい、失敗すらも笑いに変わる。八五郎の「やかん」は形にはならなかったが、江戸っ子の粋と茶目っ気が香る、そんな温かみある噺として、寄席に軽やかな笑いを届けたのだった――。
















