語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

18.『江戸小咄』「初夢(はつゆめ)」

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元日の朝。長屋の八五郎(はちごろう)、新年の挨拶回りから戻るなり、女房にこう言った。
「こちとら、初夢が縁起もんだってんで、昨夜は枕の下に宝船の絵を忍ばせて寝たのさ」
女房が「そりゃめでたいねぇ」と笑うと、八五郎はふんぞり返って続けた。
「そしたらよ、夢ん中で、なんと富士のてっぺんに登って、茄子を三つ担いだ鷹が舞い降りたのさ!」
女房は呆れながらも、「そりゃあ一富士二鷹三茄子、揃い踏みだね」と感心する。



「これはきっと、今年は出世する前兆にちげぇねぇ」と、長屋中に吹聴して歩く。
酒屋の勘兵衛、ご隠居の権左衛門、どいつもこいつも笑いながら「八は夢の中だけは殿様だな」と冷やかすが、八五郎は「いやいや、今年のオレ様は違うんでぇ!」と鼻息荒い。
そのうち、本所の叔父に会う用があると出かけて行ったが――



数日後、八五郎がふらりと長屋に戻ってくる。
女房が「で、出世話はどうなったのさ」と聞けば、八五郎は渋い顔でこう呟く。
「いやあ、叔父貴んとこ行ったはいいが、初夢の話を調子づいて語ったら、『そんな浮ついた話で頼るやつがあるか!』って一喝されちまってさ」
「でもよ、帰りに浅草でおみくじ引いたら大吉だったんだ。きっとこれは……」
と懲りもせず言い出す始末に、女房は「夢より現(うつつ)を大事にしなよ」と呆れ顔。



春が来ても、八五郎に出世の話はなく、相変わらずの八百屋の手伝い暮らし。
それでも「オレの初夢はな、江戸一番の夢だったんだぜ」と語る顔はどこか誇らしげ。
ある日、ご隠居がつぶやいた。
「ま、夢で一富士二鷹三茄子、揃えられりゃ大したもんさ。現で揃えるのは、殿様でもなかなか難しいんだからねぇ」
江戸の空に春風が吹き、八五郎は今日も陽気に八百屋の荷を担ぐ。
――初夢に見るのは、宝か幻か。それもまた、江戸っ子の洒落のうちでござんす。


40.日本おとぎ噺 「髪長姫(かみながひめ)」

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昔々、ある村に身寄りのない老夫婦が住んでおりました。子どもに恵まれなかったふたりは、神さまに毎日お祈りをしていました。するとある晩、老夫婦のもとに夢のお告げがあり、「川のほとりに行けば、授かるものがある」と告げられます。翌朝、ふたりが川辺に行くと、大きな桃のような包みに包まれた赤子が流れてきました。驚きつつも感謝し、その子を大切に育てることにしました。



女の子はすくすく育ちました。髪は生まれた時から不思議と長く、腰を超えてなお伸び続けました。村人たちは彼女を「髪長姫(かみながひめ)」と呼び、その美しさと優しさに心を惹かれました。姫の長い黒髪には光が宿るように見え、人々は「神の子」とも噂しました。やがて姫の評判は都にまで届き、ある日、貴族の若者が姫を一目見ようと村を訪れます。



若者は姫に一目で恋をします。姫もまた心惹かれ、ふたりは文を交わすようになりました。しかし、身分の差ゆえ、姫は都へ行くことをためらいます。やがて若者は「必ず迎えに来る」と約束し、都へ戻りますが、病に倒れてしまいます。待ち続ける姫の髪はさらに伸び、やがて村の中を覆うほどになっていきました。人々は「姫の思いが髪に宿ったのだ」とささやきます。



ある夜、姫は神に祈りました。「この想いが人を癒す力になりますように」と。その後、姫の髪を使った布は、都で不治の病を癒す霊布となり、多くの人を救いました。髪長姫は姿を消しましたが、村には「祈りの泉」と呼ばれる場所が残り、今も人々が手を合わせます。姫の名は永く語り継がれ、やさしさと想いの象徴となったのです。


17.『古典落語』「たちきり」

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吉原通いが日課だった若旦那・清三郎(きよさぶろう)は、馴染みの遊女・お久(おひさ)との関係に終止符を打たれてしまう。理由は、「他の大店に身請けされることが決まったから」とのこと。すっかり気落ちした清三郎は、それ以来、飯も喉を通らず、昼も夜も布団の中でうつぶせたまま。心配した番頭がご隠居に相談し、何とか立ち直らせようと手を尽くす。



ご隠居は、「酒を断ち切るように、女も断ち切らにゃいかん」と、まずは気晴らしに温泉へ誘い、清三郎の気を紛らわせる作戦を立てる。また、江戸へ戻ってからは「たちきりそば」を食べさせることを勧める。「たちきり」とは、精進料理で出す汁気のないそばで、名の通り“縁を断ち切る”という意味が込められている。



清三郎、温泉で少しは気も晴れた様子だが、帰り道、ふとした折に「やはりお久に一目だけでも…」と口走る。ご隠居や番頭が「それでは意味がない」と止めるも、清三郎は意を決したように、夜の吉原へと足を向けてしまう。かつての馴染みの部屋の前に立つ清三郎。だが、そこにはもう彼女の姿はなかった。襖越しに聞こえたのは、他の男の声だった――。



愕然とした清三郎、今度こそ本当にお久との縁は終わったのだと痛感する。帰り道、ご隠居が「たちきりそばでも食って帰ろうか」と声をかけると、清三郎は少しだけ笑って「今度は、“涙の塩味”がついてそうですな」と応じる。こうしてようやく、若旦那の心にも小さな区切りがついた。江戸の夜に、ひとすじの寂しさと、ほんの少しの希望が灯る。


「私の与太話」「円安」

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最近はスーパーへ行くたびに、「また値上がりか」とため息が出ます。野菜も魚も電気代も、何もかもが高くなりました。ニュースでは「円安による輸入物価の上昇」と説明しています。考えてみれば、日本は資源の少ない国。石油も天然ガスも小麦も海外から買わなければなりません。円の力が弱くなれば、同じ物を買うのにも余計なお金が必要になります。家計簿を眺めながら、「財布だけは円安に連動してくれないな」と思うのでした。



戦後しばらく、1ドル360円だった円は、先人たちの努力と日本企業の活躍によって次第に強くなり、一時は75円台まで上がりました。世界中で「メイド・イン・ジャパン」が信頼され、日本経済は勢いに満ちていました。ところが今は160円近い円安になることもあります。輸出企業には追い風と言われますが、輸入品の値上がりは庶民の暮らしに重くのしかかります。どうも景気の良い話はテレビの中だけのようです。



もちろん輸出産業が元気でなければ国も豊かになりません。しかし円安で海外に売りやすくなる一方、生活必需品はどんどん高くなります。私たちは知らず知らずのうちに、輸出競争を支える応援団になっているのかもしれません。もっとも応援団といっても、旗を振る代わりにレジで高い代金を払っているのですから、ずいぶん高価な入場券です。



そんなことを考えながら買い物から帰ると、妻がレシートを見て言いました。
「また値上がりしてるわねえ」
私が「国のために輸出産業を応援してるんだよ」と胸を張ると、
妻は即座にひと言。
「あなた、応援団じゃなくてスポンサーじゃないの?」
なるほど――円安で儲かる会社もあるらしいが、わが家で一番出資しているのは、どうやら私の財布らしい。


39.日本おとぎ噺 「風の神とこども」

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むかしむかし、ある山里に元気な男の子が住んでいました。風が強い日でも外を駆けまわるのが大好きで、風の音に耳をすませては、「風の神さま、もっと吹いてくれ!」と呼びかけていました。村の人々は「風の神さまは気まぐれじゃ。あまり挑発すると怒らせるぞ」と心配しましたが、男の子は笑って気にしませんでした。



ある日、男の子がいつものように「もっと吹け!」と叫ぶと、突然山の上からものすごい突風が吹きおろしてきました。村の木々が折れ、屋根が飛び、畑の作物も舞い上がります。人々は慌てふためき、男の子も思わず目を閉じました。「こりゃあ、風の神さまが怒ったんだ…」と、村人たちは口々に言いました。



その夜、男の子は夢の中で、白髪まじりの大きな老人に出会います。その老人は風の神でした。「おまえの声が届いたから、風を強くしたのじゃが、人の暮らしも考えねばならん」と諭します。男の子は深く反省し、「これからは風を敬って、みんなが喜ぶ風を願います」と頭を下げました。



翌朝、風はやさしく山を撫で、村は静けさを取り戻しました。男の子は村人たちに謝り、風の神への感謝の気持ちを語ります。それ以来、村では風を「天の使い」として大切にするようになりました。風の吹く日は、男の子は空を見上げて、そっと「ありがとう」とささやくのでした。