語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

87.日本おとぎ噺 「羅生門の鬼(らしょうもんのおに)」

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平安の昔、都の羅生門に鬼が現れるという噂が広まった。夜な夜な門に近づいた人々が忽然と姿を消すという。人々は恐れ、誰も近づかなくなった。ある日、都一番の弓の名手・渡辺綱(わたなべのつな)が、「このままでは武士の名折れ」と、鬼退治を志願する。



夜、綱は羅生門に潜む。すると突如、空が鳴り、黒雲とともに巨大な鬼が現れた。鬼は赤黒い顔に金色の目を光らせ、綱に襲いかかる。綱は驚きもせず矢を放ち、刀を抜いて斬りかかる。壮絶な戦いの末、綱は鬼の片腕を切り落とす。



綱は鬼の腕を持ち帰り、寺に納め封印する。その後、ある夜、綱の伯母と名乗る女が訪れ、「腕を見せてほしい」と懇願する。不審に思いながらも情に負けて見せると、女は鬼の姿に変わり、腕を奪って空へと逃げ去った。



騙されたことに怒りを覚えながらも、綱は自らの油断を悔いた。「鬼は必ずまた現れる。その時こそ仕留める」と誓い、再び剣の手入れを始める。以来、羅生門に鬼が現れたという噂は途絶えたという。


『宮沢賢治・光と風の物語』第十六回「祭の晩」第4話 山男からの不思議な恩返し/全4話

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数日後の朝、亮二の家の前に、山のような薪が積まれていた。さらに庭には、袋いっぱいの栗まで置かれている。祭りの夜、山男が叫んだ「薪百把と栗八斗を返す」という約束を、本当に果たしたのである。亮二と祖父は、思いがけない贈り物を前に驚いた。



ところが薪と栗は一度だけではなかった。夜になると山から強い風が吹き、戸や木々が鳴った。翌朝には、また新しい薪や栗が置かれている。亮二は山男の律儀さをありがたく思う一方、これ以上受け取れば、かえって山男を困らせるのではないかと心配した。



亮二は庭先に立ち、山へ向かって大声で呼びかけた。「もう十分です。あの時のお金は返してもらうために出したのではありません」。姿は見えなかったが、山の奥から風が吹き下ろし、木々がざわざわと揺れた。亮二には、山男が自分の言葉を聞いているように思われた。



それから山男の贈り物は届かなくなった。しかし亮二は、祭りの夜に出会った不思議な山男を忘れなかった。わずかな親切にも全力で恩を返そうとした山男と、見返りを求めず助けた亮二。祖父は、人への親切は心でするものだと語り、山と人との温かな交流は静かに語り継がれた。


37.『古典落語』「粗忽の釘(そこつのくぎ)」

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江戸は神田の長屋に住む男、与太郎ならぬ「大工の八五郎」は、筋はいいがとにかく粗忽者。ある日、知り合いの旦那から「長屋の雨漏りを見てほしい」と頼まれ、はりきって出かけてゆく。現場に着くと、天井裏の梁(はり)に釘を打ち込むよう頼まれた。八五郎、道具箱を担いで屋根裏にのぼり、早速トントンと音を響かせる。が、天井板の裏から「痛てぇ!」と声が。あわてて覗くと、下にいた旦那の頭に釘を刺してしまっていた――。



「す、すみません、てっきり梁だと思って…」と平謝りの八五郎。だが、旦那は意外と冷静で「まぁ、怪我は浅い」と許してくれる。それでも納得がいかぬ八五郎、「今度は失敗しません」と、再び屋根裏に上る。だがまたもや「痛てぇ!」と叫び声。今度は女中の背中を貫いてしまった。さすがに居合わせた者たちは「もう帰れ!」と怒鳴るが、八五郎は「いや、今度こそ…」と引かぬ姿勢。



何度も失敗する八五郎に、ついに大家が「お前さん、釘を打つとき、下を見なさい」と注意する。「いや、梁だと思って…」と弁明するが、見当違い。ならばと、梁に紙を貼って「ここだ」と印を付けることに。八五郎、ようやくまともに打ち出す。だがしばらくしてトン、トン、ドン!と音が止まり、静けさに。覗いてみると、今度は自分の着物の裾を釘で留めてしまい、梁にぶら下がった状態。ぶらぶら揺れながら、「今度は完璧でしょ…?」と得意げ。



結局、部屋は修理どころか大騒ぎ。旦那は肩を落とし、女中は湿布を貼り、大家はため息まじりに「お前さんは“釘よりも粗忽”が打ち込まれてるようだ」と呆れる始末。八五郎はどこ吹く風、「でも、落ちないってことは、釘の効き目は抜群ですぜ!」と笑ってしめくくる。江戸っ子の愛嬌と大雑把、そして人情がにじむ、まさしく“粗忽一代”の一席であった――。


「私の与太話」「富士登山」

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七十を過ぎて、ふと富士山に登ってみようと思った。日本一の山を、見るだけでなく一度は自分の足で登ってみたい。とはいえ初めての富士登山である。無理は禁物と、旅行会社の登山ツアーに申し込んだ。ところが途中で予定日を変更したため、肝心の登山説明会には参加できなかった。聞きかじった知識は「上りは疲れる、下りはケガをする」「富士山は寒い」ということだけであった。



当日、バスで五合目まで上がると、すでに空気が違った。途中、山小屋で一泊し、まだ暗いうちから頂上を目指す。息は切れ、足は重い。それでも一歩ずつ登るうち、やがて空が明るくなった。頂上に着くと、見渡す限りの青空で、遠くの山々までよく見えた。七十過ぎの体でも、ここまで来られたのだと思うと胸が熱くなった。



ところが感動より先に、寒さが身にしみた。防寒具は持って行ったが、思った以上である。山の上の寒さは、町の冬とはまるで違う。手はかじかみ、体は震え、懐炉を持って来なかったことを心から悔やんだ。そして問題は下りである。火山土の道はよく滑る。注意していたつもりが、一度転び、また転び、とうとう足を痛めてしまった。



結局、途中から有料の馬に乗せてもらい、なんとか下山した。行きは自分の足で日本一を目指し、帰りは馬の背で揺られて帰る。これもまた、七十過ぎの富士登山らしい思い出である。頂上の景色は忘れられないが、寒さと下り道も忘れられない。富士山は登る山ではなく、教えてくれる山だった。教訓は一つ。懐炉と馬代は、登山用品である。


86.日本おとぎ噺 「たぬきの糸車(たぬきのいとぐるま)」

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むかしむかし、山あいの村に年老いた一人暮らしの老婆がいました。子も孫もなく、糸をつむいでは布を織り、かろうじて暮らしていました。ある雪の夜、老婆が囲炉裏のそばで糸車を回していると、戸を叩く音がしました。開けてみると、小さな痩せた子狸が震えて立っていました。老婆は「かわいそうに」と子狸を抱え、暖めてやりました。



それから子狸は、老婆のそばで暮らすようになり、毎日せっせと糸をつむぐ老婆の仕事を手伝いました。あるときから、夜になると糸車が一人でに回るようになりました。不思議に思った老婆がそっと覗くと、子狸が人の姿に化け、上手に糸をつむいでいたのです。老婆は驚きながらも、「ありがたいこっちゃ」と、涙ぐみました。



ところが、ある日村人たちが訪れ、「どうして急に糸がたくさんできるのか」と不審がります。老婆は真実を話さず、「夜なべをしているのじゃ」とだけ答えました。ですが、村人の中には狸の仕業ではないかと疑い、子狸を捕まえようと罠を仕掛けました。その夜、罠にかかった子狸は重傷を負ってしまいます。老婆は泣きながら手当てをし、「もう無理はするな」と優しく声をかけました。



その後、子狸は姿を消し、二度と現れませんでした。老婆はその日から糸車を回すたび、子狸の面影を思い出し、静かに祈りを捧げました。やがて老婆も年老いて亡くなり、二人が暮らした家には、夜ごと「カラカラ…」と糸車の音だけが響いたといいます。