語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

39.『江戸小咄』「座頭(ざとう)」①

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ある夕暮れ、町の辻にひとりの**座頭(盲目の按摩)**が現れた。杖を頼りに歩む姿に、行き交う町人は振り返る。「またあの座頭かい。声が妙に艶っぽくってな」と、どこか噂めいた口調。座頭は通りかかる人に声をかけ、「ちと揉ませていただけませんか」と頼むが、皆なぜか困ったような笑顔で立ち去っていく。



その晩、酒屋の角で与太郎が友人に話す。「あの座頭よ、按摩じゃなくて女なんだとさ」。「えっ」と驚く周囲に、与太郎は得意げに続ける。「ついこの間、間違って銭湯に入ったんだがね、声をかけたら女湯から返事があってさ」。座はどっと沸き、噺は一気に町内に広まった。



翌日、ご隠居が座頭に声をかける。「嬢さん、どうしてそんな真似を?」すると座頭は微笑んで、「目が利かぬゆえ、世間に揉まれたくなくて……按摩といえば、男と思われて、世も歩きやすうございますゆえ」。ご隠居は感心して、「なるほど、江戸には見えぬ粋が転がっておる」と呟いた。



その後、座頭は相変わらず町を歩き、按摩を生業としていたが、誰も「女だ」などとは騒がず、ただ静かに道を譲った。
――江戸の町には、**見た目で測れぬ“粋”**がある。目が見えぬ者にも、見えている者にも、それぞれの“歩き方”があるのでござんす。


「私の与太話」「お墓」

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両親が亡くなった時、生前に「生まれ故郷に眠りたい」と話していたので、宮城にある先祖代々の墓へ埋葬した。本人たちの希望だから、これでよかったと思った。ただ、こちらから宮城までは遠い。墓参りひとつするにも旅行並みで、年を取ればなおさら難しくなる。



そこで寺の住職に「遠くて、これから先は墓参りにもなかなか来られません。永代供養にした方がいいでしょうか」と相談した。住職はあっさり、「それでいいじゃない」。その一言で肩の荷が下りた。数年後、墓じまいをして、両親も先祖も永代供養墓へ移した。



先祖の行き先が決まると、今度は自分たちの番である。子どもたちに「父さんたちの墓はどうする」と悩ませるのも気の毒だ。そこで妻と相談し、お寺とは関係のない共同墓地を購入した。宗派を気にする必要もなく、子どもたちにも場所をはっきり伝えておける。



これで両親も先祖も行き先が決まり、私たち夫婦の行き先も確保した。ついでに、この先、一族で困る者が出ても相談できる場所がある。生きている間は旅行でも病院でも予約が必要な世の中だが、とうとう最後の行き先まで予約してしまった。
あとは出発日だけ――これは予約しないことにしている。


89.日本おとぎ噺 「ぼたんの花とねずみ」

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ある寒い冬の日、山寺に住む和尚は、薪も尽き、食べ物も乏しくなっていた。雪に閉ざされ、下界との往来も断たれ、孤独と飢えの中で、ただ仏に祈るしかない。そんな折、不意に、襖のすき間から一匹の白いねずみが現れた。和尚は驚きながらも、その小さな命に心が和らぎ、話しかけるように語りかけた。



その夜、和尚がうとうとしていると、白ねずみが再び現れた。不思議なことに、そのねずみは「ついてきてください」と言わんばかりに、和尚の袂を引っ張る。半信半疑ながらも和尚はねずみの後を追って、雪の中を歩き出す。やがて、雪に覆われた森の中に、満開のぼたんの花が咲く一角へと導かれた。



ぼたんの花の中に入ると、そこには小さな御殿が建ち、白ねずみが美しい姫の姿となって現れる。姫は「あなたが日々仏に仕え、心を清らかに保っていることに感謝します」と語る。そして、「これを持ち帰ってください」と言って、米と薪が詰まった包みを手渡した。和尚はただただ頭を下げ、深く礼を述べた。



和尚が目を覚ますと、もとの山寺の寝床に戻っていた。しかし脇には、確かに米と薪の包みが置かれていた。あの出来事は夢だったのか、それとも……。和尚はその日から、ぼたんの花が咲くたびに感謝の念を捧げ、白ねずみの冥福を祈り続けた。やがて春が訪れ、寺には人々の笑顔と花の香りが戻ってきた。


『宮沢賢治・光と風の物語』第十七回「貝の火」第2話 貝の火の輝きと森の評判/全4話

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ホモイが「貝の火」を家へ持ち帰ると、父母はその美しい宝に驚いた。玉は赤や青、金色の光を放ち、まるで小さな炎が貝の中で燃えているようだった。父は、正しい心を失えば光も失われると教え、大切に扱うよう諭した。

貝の火の評判は、たちまち森中へ広がった。狐や鹿、小鳥たちが次々とホモイの家を訪れ、珍しい宝を一目見ようと集まった。皆から褒められたホモイはうれしくなり、胸を張って玉を見せた。貝の火は、この日も澄んだ美しい光を放っていた。

評判が高まるにつれ、動物たちはホモイを特別な者のように扱い始めた。道を譲り、丁寧に挨拶し、ホモイの言葉に従う者まで現れた。初めは戸惑っていたホモイも、次第に自分が森で一番偉くなったような気持ちになり、皆の視線を楽しむようになった。

父は、得意そうなホモイの様子を見て、宝の力を自分の力と取り違えてはならないと静かに戒めた。しかしホモイは、まだその言葉の重さを理解できなかった。貝の火は美しく輝いていたが、その奥には、わずかに揺らぐような光が見え始めていた。

38.『古典落語』「芝浜(しばはま)」

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江戸の魚屋・勝五郎は腕はよいが、大酒飲みで朝寝坊。商いを怠けては女房を困らせていた。ある未明、女房に起こされ、しぶしぶ芝浜へ仕入れに向かう。ところが魚河岸にはまだ人影がなく、浜辺を歩いていると革の財布を拾う。中には大判小判がぎっしり。勝五郎は夢中で家へ駆け戻った。



大金を手にした勝五郎は、「もう働かなくても暮らせる」と大喜び。近所の仲間を呼び集め、朝から盛大な酒盛りを始めた。酒や肴を惜しげもなく振る舞い、酔いつぶれて眠ってしまう。翌朝、財布のことを女房に尋ねると、「そんな物は知らない。浜へ行ったのも夢ではないか」と言われ、青ざめる。



夢で大金を拾ったと思い込み、酒代だけが借金として残った勝五郎は深く恥じる。「酒に溺れていたから、こんな夢を見るのだ」ときっぱり酒を断ち、魚屋の仕事に精を出す。夜明け前から河岸へ通い、威勢のよい声で魚を売るうちに評判も上がる。数年後には借金を返し、店を構えるほど立派になった。



大みそかの夜、女房はあの日の財布を勝五郎の前へ差し出す。大金は夢ではなく、拾得物として役所へ届け、持ち主が現れなかったため戻ってきたのだった。女房は、金を渡せば夫が駄目になると思い、夢だと偽ったと涙ながらに詫びる。勝五郎は女房を許すが、勧められた酒には手を出さず、「よそう、また夢になる」と笑う。