語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「終戦記念日」

100えんメガネ

八月十五日になると、私はいつも思う。
この日を「敗戦記念日」と言わず、「終戦記念日」と呼んできたのは、ただ言葉をやわらげたかっただけではあるまい。
負けた悔しさよりも、戦を終えた重さを胸に刻み、「もう二度と同じ道へは戻らぬ」と誓った先人たちの、苦い知恵だったのだと思う。



戦に負けた国は、本来なら力の怖さをいちばん知っている。
だからこそ、軍備に頼らず、威張らず、話し合いで物事を解決する国になろうとした。
それは夢物語と言われるかもしれない。だが、戦争で家を焼かれ、人を失った者たちにとっては、夢ではなく、命からしぼり出した願いだったはずである。



ところが戦後の日本は、防衛のため、危険な国があるため、攻撃された時に備えるため、と理由を重ねながら、少しずつ軍備を整えてきた。
ついには敵基地をたたく兵器まで持つという。
言い分は分からぬでもないが、気がつけば「守るため」という言葉が、「戦う準備」の別名になっているようにも見える。



先人たちは、力で脅し合う国ではなく、苦しくても話し合いで道を探す国を作りたかったのではないか。
近ごろの政治を見ていると、歴史が遠くで足音を立てているようで、どうにも落ち着かない。
落ち――終戦記念日とは言うけれど、どうやら戦のほうが、まだ成仏していないらしい。