語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「国旗」

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国会で「国旗を傷つけたら罪にする」と言い出した。そこまでは分かる。ところが話は、「小さく書いたらどうだ」「大きく書いたら損壊か」「すみっこなら落書きか」など、急に習字教室の添削みたいになってきた。国を守る話のはずが、いつの間にか筆の太さと文字の位置の相談である。



そこへ誰かが「では旭日旗はどうなる」と言い出した。日の丸か、昔の国旗か、壊れた日の丸か、ただの派手な旗か。議場の空気が一瞬止まる。日の丸は国旗、旭日旗は自衛隊旗などの系統。ところが名前に「日」が入るので、話がややこしい。まるで親戚の集まりで、同じ苗字の人を全部家族扱いするようなものだ。



さらに議論は広がる。「菊の紋はどうだ」「応援旗はどうだ」「弁当箱の日の丸はどうだ」。しまいには梅干しを真ん中に置いた白飯まで心配になってくる。これを箸で崩したら国旗損壊か。醤油をかけたら汚損か。食べたら証拠隠滅か。国会の議論が、だんだん昼飯の作法に近づいていく。



結局、決めるなら「国旗とは日の丸」とはっきり書けばよい。旭日旗は国旗ではなく、軍旗・自衛隊旗の系統で別物。そこをぼかすから、旗の話が模様の話になり、模様の話が弁当の話になる。国を大事にする気持ちは分かるが、まず条文を大事にしてほしい。落ちを申せば、国旗より先に、議論が損壊している。


45.日本おとぎ噺 「古屋のもり(ふるやのもり)」

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ある夜のこと。村はずれの古びた家に、老夫婦が二人きりで暮らしていた。そこへ嵐が来て、雨がざあざあ降る晩。戸をたたく音に驚いて出てみると、そこには泥だらけの泥棒が。なんとこの古屋に忍び込もうというのだ。だが、家があまりにもぼろくて何も盗るものがないとわかると、泥棒は屋内に入り、火鉢のそばで老夫婦と一緒に雨宿りを始めた。



と、そのとき天井の上から「ギイッ」と音がした。「なんだ?」と顔を見合わせる三人。「ふるやのもりじゃ…」と老人がつぶやく。泥棒も、婆さんも「ふるやのもりって何だ?」と青ざめる。が、誰も正体を知らず、勝手に「恐ろしい怪物に違いない!」と怯えだす。



「逃げよう!」と泥棒はまず飛び出す。老夫婦も続いて古屋を飛び出し、皆、転びながら逃げていく。逃げる途中も「ふるやのもりが来るぞ!」と叫びあい、村の方へ走り去る。すると、実は屋根裏にいたのは、猫だった。屋根の木がきしんで音を立てただけだったのだ。



朝になり、村人たちが集まり「ふるやのもりとは何だ?」と噂するが、結局それが何なのか誰にもわからなかった。そしてその後、「ふるやのもり」は、村の子どもたちをおどかす言葉として語り継がれていったという。


19.『古典落語』「文七元結(ぶんしちもっとい)」

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本所に住む左官の長兵衛(ちょうべえ)は、腕はよいが博打好き。ある日、ついに身代をすっかりすってしまい、女房もあきれ顔。娘のお久(おひさ)は吉原に身売りしようとするが、これを知った長兵衛はさすがに胸を打たれ、「明日には金を持ってくるから」と約束し、金策に走る。ようやく吉原の女将・お駒にすがり、五十両を借りることに成功するが、途中、浅草橋近くで一人の若者が川に身を投げようとする現場に出くわす。



止めに入った長兵衛が話を聞けば、その若者・文七(ぶんしち)は日本橋の髪結いの職人で、店の金五十両を失くし、死ぬしかないと思い詰めていたという。長兵衛は驚きながらも「命あっての物種だ」と言い、なんと、借りたばかりのその五十両を文七に渡してしまう。「おれは人の命を救ったと思えばいい」と江戸っ子の義理と侠気で突っぱねる。



家に戻った長兵衛は、女房に金を渡せなかった事情を話すが、当然ながら夫婦げんか。そこへ突然、あの文七が現れ、主人と一緒に五十両を持参して頭を下げる。文七は無事に金を返し、命も救われた恩義から「どうか奉公に使ってほしい」と申し出る。長兵衛は驚きつつも、男気に感じ入り、文七を快く迎え入れる。



月日がたち、長兵衛一家は文七の働きもあり暮らし向きがよくなる。お久も吉原に売られることなく無事に育ち、やがて文七と祝言をあげることに。人の情が人を救い、義理が巡って幸せとなる――。江戸の空に粋と人情がしみわたるような、あたたかな幕引きである。


「私の与太話」「兵器」

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ウクライナで壊れたロシアの武器を調べたら、中から日本製の電気部品がぞろぞろ出てきた。メーカーは驚いて、「そんな所で働いているとは聞いておりません」と頭を下げる。部品にも転職の自由があるらしい。



「当社は武器用に輸出した覚えはありません。民生品として売っただけです」と言う。なるほど、米を売って握り飯になるか、酒になるか、糊になるかは買った人しだい。部品もまさか爆弾の中で残業しているとは思わなかった。



そこへ今度は、殺傷兵器も友好国へ輸出できる時代になるという。会社の会議では、「平和産業だけでは伸びません。これからは防衛市場です」と胸を張る。友好国へ売り、友好国がまた誰かへ売る。その先は、地球の丸さの問題である。



「どこで使われても、我々は知りません。関係ありません」と言いながら、社員は新製品のパンフレットを作る。表紙には大きく「安全・安心・高性能」。落ちは、部品だけは正直で、爆発したあとも刻印に「MADE IN JAPAN」と名乗っていた。


44.日本おとぎ噺 「絵姿女房(えすがたにょうぼ)」

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昔、ある村に若者の絵師が住んでいた。腕は立つが貧しく、妻も子もいなかった。ある日、絵師はふと「理想の女性を絵に描いてみよう」と思い立つ。思いを込めて描いたその女の絵は、優しく微笑む美しい姿だった。絵師は日に日にその絵に惹かれていき、「こんな女房がいたら」と話しかけるようになった。



ある夜、絵師がうたた寝をしていると、誰かが戸を叩く音がする。不思議に思いながら戸を開けると、そこには絵に描いたそのままの美しい女が立っていた。「絵師さま、どうか私をおそばに」と語る女。驚く絵師だったが、女を迎え入れる。以来、二人は夫婦のように暮らし、絵師の生活も豊かになっていく。



村人の間でも「絵師の家に、たいそうな女房がいる」と噂になる。ある日、絵師が外出中に、近所の者が女を訪ねて来る。女は応じるが、その直後、姿を消してしまう。絵師が戻ると、女の姿はなく、屏風の中の女の絵もまた空白になっていた。絵師は声を上げて泣き崩れる。



その後、絵師は再び絵を描くことはなくなったが、屏風は大切に飾られていた。誰も近づこうとせず、絵師も一人静かにその前で暮らし続けたという。村人たちは、「あの絵には、魂が宿ったのだ」と語り継ぎ、やがて女を“絵姿女房”と呼ぶようになった。