『粋の極み ・笑いの匠たち』37~39
37.林家三平(初代)
生年月日大正13年(1924年) 11月30日
没年月日昭和55年(1980年) 9月20日
享年:55歳

初代・林家三平(はやしや さんぺい)は、昭和を代表する爆笑派の落語家であり、寄席やテレビで絶大な人気を誇った名人芸人です。本名は海老名修(えびな おさむ)。父は大正期の噺家・林家正蔵(八代目)、息子には林家正蔵(九代目)と林家三平(二代目)を持つ、落語一家の中心人物でもあります。明朗快活な語り口と「どうもすいません!」の名調子で、難解と思われがちな落語を大衆に広めました。テレビ番組『笑点』や数々のバラエティ番組にも出演し、落語界の枠を超えた存在として愛されました。若くして病に倒れましたが、その功績と笑いは今も語り継がれています。
38.林家彦六(8代目林家正蔵)
生年月日明治28年(1895年) 5月16日
没年月日昭和57年(1982年) 1月29日
享年:86歳

林家彦六(はやしや ひころく )本名:岡本 義(おかもと よし)は、東京・品川で生まれ、浅草で育ちました。1912年に二代目三遊亭三福に入門し、「福よし」として初舞台を踏み、その後、扇遊亭金八、橘家二三蔵、三代目三遊亭圓楽、五代目蝶花楼馬楽など多くの名跡を継ぎました。1950年には八代目林家正蔵を襲名し、晩年の1981年から亡くなる1982年まで「林家彦六」を名乗りました。芝居噺や怪談噺を得意とし、『淀五郎』『牡丹灯籠』などで高い評価を受け、紫綬褒章や芸術祭賞を受賞しました。その厳格な性格から「トンガリの正蔵」とも呼ばれ、弟子には林家木久扇や三遊亭好楽がいます。稲荷町の長屋に住み、庶民的な生活を貫いた名人でした。
39.林家たい平(はやしや たいへい)
生年月日昭和39年(1964年) 8月6日
没年月日 ご存命
本日(2026年8月16日)時点の年齢は61歳

林家たい平本名:田鹿 明(たじか あきら)さ んは、埼玉県秩父市出身の落語家で、明るく親しみやすい芸風で多くのファンを魅了しています。武蔵野美術大学を卒業後、昭和63年(1988年)に林家こん平師匠に入門し、平成4年(1992年)に二ツ目、平成12年(2000年)に真打に昇進されました。テレビ番組『笑点』の大喜利メンバーとしても知られ、全国各地で独演会を開催するなど、精力的に活動されています。また、武蔵野美術大学の客員教授として教育にも携わり、YouTubeチャンネルでの情報発信など、多方面で活躍中です。地元・秩父への愛着も深く、観光大使として地域振興にも貢献されています。
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