語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「富士登山」

100えんメガネ

七十を過ぎて、ふと富士山に登ってみようと思った。日本一の山を、見るだけでなく一度は自分の足で登ってみたい。とはいえ初めての富士登山である。無理は禁物と、旅行会社の登山ツアーに申し込んだ。ところが途中で予定日を変更したため、肝心の登山説明会には参加できなかった。聞きかじった知識は「上りは疲れる、下りはケガをする」「富士山は寒い」ということだけであった。



当日、バスで五合目まで上がると、すでに空気が違った。途中、山小屋で一泊し、まだ暗いうちから頂上を目指す。息は切れ、足は重い。それでも一歩ずつ登るうち、やがて空が明るくなった。頂上に着くと、見渡す限りの青空で、遠くの山々までよく見えた。七十過ぎの体でも、ここまで来られたのだと思うと胸が熱くなった。



ところが感動より先に、寒さが身にしみた。防寒具は持って行ったが、思った以上である。山の上の寒さは、町の冬とはまるで違う。手はかじかみ、体は震え、懐炉を持って来なかったことを心から悔やんだ。そして問題は下りである。火山土の道はよく滑る。注意していたつもりが、一度転び、また転び、とうとう足を痛めてしまった。



結局、途中から有料の馬に乗せてもらい、なんとか下山した。行きは自分の足で日本一を目指し、帰りは馬の背で揺られて帰る。これもまた、七十過ぎの富士登山らしい思い出である。頂上の景色は忘れられないが、寒さと下り道も忘れられない。富士山は登る山ではなく、教えてくれる山だった。教訓は一つ。懐炉と馬代は、登山用品である。