「年寄りの与太話」「仕事が嫌い」
男はいつも胸を張って言っていた。
「私は実に幸運な人生を送っております」
周囲は「さぞ仕事ができたのでしょう」と感心する。すると男は首を横に振った。
「いえ、仕事はほとんどしておりません」
男は若いころから五回も職を変えている。しかも不思議なことに、辞めた翌日にはもう次の会社で入社の挨拶をしていた。景気の良い会社ばかり渡り歩き、履歴書だけは立派だったのである。
しかし本人いわく、
「会社へ行くと、“今日はどうやって一日を潰そうか”しか考えていないんです」
同僚は呆れたが、男はどこ吹く風だった。

ところが奇妙なことが起こる。
男が入った会社は、最初こそ羽振りがいい。社長は威勢がよく、営業は肩で風を切り、ボーナスの話ばかりしている。
だが男が机に座り始めると、だんだん雲行きが怪しくなる。
男は仕事をしない。
資料を開けば昼寝。
会議では返事だけ。
電話が鳴れば、近くの者が取るのを待つ。
すると半年、一年と経つうちに、なぜか会社の業績が落ち始めるのである。
「お前が疫病神なんじゃないか」
同僚に冗談でそう言われるころには、会社は赤字。やがて倒産。
男はそのたび、少し前に退職届を出し、また別の景気の良い会社へ移っていった。

もっとも、四番目の会社だけは潰れていない。
その会社で人員整理の話が出た。男は敏感だった。
「これは危ない」
そう思うや、自主退職して逃げ出した。すると会社は持ち直し、今でも残っている。
五番目の会社でも同じだった。
不穏な気配を察すると、男はすぐ辞めた。
だから本人は得意げに語る。
「私は危機管理能力だけは高いんです」
友人が呆れて尋ねた。
「しかしお前、一度も失業保険もらってないんだろ?」
男は湯呑みを置き、しみじみと言った。

「ええ。退職した翌日には次の会社で朝礼してましたから」
そして少し考え込み、深くうなずいた。
「……今思えば、一番働かなかったのは失業保険かもしれませんな」

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