53.日本おとぎ噺 「きつね女房(きつねにょうぼう)」
昔々、ある山里の若者が、山道で倒れている美しい女に出会いました。女は「道に迷っただけ」と言い、若者に助けられて村へと下りてきました。身寄りもないというその女を、若者は家に招き、やがて二人は夫婦となりました。女は働き者で、村の者たちからも評判となり、二人の間には男の子も生まれ、幸せな日々が続きました。

女房は家事も農作業もよくこなし、村でも評判の賢妻でした。子もすくすくと育ち、家は笑いに満ちていました。けれど、あるときから飼っていた犬が女房にだけ異様に吠えるようになりました。不審に思った夫は、ある日こっそり女の様子を見張ることにしました。

ある日、女房が裏庭で水を汲む姿を見た夫は、彼女の尻尾が一瞬見えるのを目撃してしまいました。驚いた夫が問い詰めると、女は涙を浮かべながら「実は私は狐なのです。けれどあなたと家族と過ごした日々は、偽りのない幸せでした」と語ります。そして「もう一緒にはいられない」と、幼い子を撫でたあと、狐の姿となって山へと姿を消してしまいました。

狐の女房が去ったあとも、男と子どもは静かに暮らしました。成長した子は賢く、母の残したぬくもりを胸に、やがて立派に育ちました。村では今も、山に入るとどこかで女の笑い声が聞こえると言い伝えられています。「狐でも、母は母だった」と、男はいつも山を見上げてつぶやくのでした。

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