『粋の極み ・笑いの匠たち』10~12
10.古今亭志ん朝(ここんていしんちょう)「3代目」
生年月日:昭和13年(1938年)3月10日
没年月日:平成13年(2001年)10月1日
享年:64歳

古今亭志ん朝(ここんてい しんちょう)三代目は、昭和・平成を代表する江戸落語の名人で、本名は美濃部強次。父は昭和の大名人・古今亭志ん生。明るく歯切れの良い口調、品のある語り口で、滑稽噺から人情噺まで自在にこなし、多くのファンを魅了した。特に「文七元結」「芝浜」「火焔太鼓」などの名演は今も語り継がれる。寄席でもテレビでも活躍しながら、古典落語の芸を丁寧に継承。弟子を取らず、芸一筋に生きた孤高の噺家でもある。2001年、膵臓がんのため64歳で逝去。早すぎる死が惜しまれたが、その録音・映像は今なお新たな落語ファンを生み続けている。
11.古今亭志ん生(ここんてい しんしょう)「5代目」
生年月日明治23年(1890年)6月28日
没年月日昭和48年(1973年)9月13日
享年:84歳

5代目古今亭志ん生(ここんてい しんしょう)は、明治から昭和にかけて活躍した伝説的な落語家で、本名は美濃部孝蔵。破天荒な私生活と天衣無縫な高座で知られ、「芸と生活が渾然一体」と評された。戦前・戦中の苦難を経て、戦後にはラジオ出演などで一躍国民的落語家となり、その飄々とした語り口と独特の間で多くの聴衆を魅了した。代表作に「火焔太鼓」「唐茄子屋政談」などがあり、滑稽と哀愁を同居させた語りが真骨頂。晩年は脳出血の後遺症により座っての口演となったが、なお多くのファンを持ち続けた。息子に10代目金原亭馬生、3代目古今亭志ん朝がいる。名人と称され、今なお語り継がれる名落語家である。
12.古今亭志ん馬(ここんていしんば)「7代目」
生年月日昭和33年(1958年)3月3日
没年月日平成25年(2013年)10月7日
享年:55歳

七代目 古今亭志ん馬師匠(本名∶吉野 惠一 )は、東京都で生まれました。昭和56年(1981年)に六代目古今亭志ん馬に入門し、師匠の死去後は古今亭志ん朝門下に移籍。平成9年(1997年)に真打に昇進し、名跡である七代目志ん馬を襲名しました。色気のある噺を得意とし、「明烏」などで知られました。平成25年(2013年)10月7日、胃がんのため東京都内の病院で逝去されました。享年55歳でした。 師匠の芸風は、江戸の粋と洒脱さを感じさせるもので、多くのファンに愛されました。その早すぎる死は、落語界にとって大きな損失でした。師匠の遺した芸は、今も多くの人々の心に生き続けています。
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