1.『江戸小咄』「鹿の子餅」
ある日のこと、深川あたりに住む商人の男が、久々に江戸の親戚を訪ねることとなった。手土産には名物の「鹿の子餅(かのこもち)」を選ぶ。艶やかでつやつやとしたあずきの粒
が、鹿の子模様に似て見事な仕上がり。男は風呂敷に丁寧に包み、「これは見た目も味も上等、きっと喜ばれるにちがいない」と意気揚々と出かけた。

ところが途中、浅草の観音様へお参りしようと、しばし門前町に立ち寄った折、風呂敷を脇に置いたまま、香具師の見世物に見入ってしまう。しばらくして戻ってみれば、風呂敷ごと「鹿の子餅」が跡形もなく消えている。男は大いに慌て、「これはまいった、せっかくの土産が……」と頭を抱える。

仕方なく手ぶらで訪ね先に向かい、事情を話して平謝り。「まあまあ、そんなこともありますわい」と笑って許してくれたが、男はどうにも面目が立たぬ。その晩、宿へ戻った男、どうにも寝つけぬまま、ふと夜更けに便所へ立った。すると、裏庭の塀越しから、何やら猫がうれしげにくちゃくちゃ音を立てて食べている。

気になって近づいてみれば――猫の前には見覚えのある風呂敷。そして中には、崩れかけた「鹿の子餅」の残りが。男は苦笑しつつ、「猫に鹿の子とは、粋なやつだ」とつぶやく。江戸の夜は更け、風がそっと餅のあんこの香を運んでいった――。

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