語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

『粋の極み ・笑いの匠たち』4~6

100えんメガネ

4.桂三木助(かつらみきすけ)「3代目」

生年月日:大正12年(1923年)7月9日

没年月日:昭和58年(1983年)1月14日

享年:59歳

三代目桂三木助(かつら みきすけ)は、東京出身の名人落語家で、江戸落語の正統を継ぐ実力派。初代三木助の孫弟子で、五代目古今亭志ん生に入門、のちに三代目三木助を襲名した。端正な語り口と写実的な描写で、人情噺を得意とし、「芝浜」「居残り佐平次」「井戸の茶碗」などで高い評価を受けた。舞台姿も品があり、都会的なセンスと古典の風格を併せ

持つ名演で知られる。テレビやラジオにも積極的に出演し、落語の大衆化にも貢献。惜しまれながら59歳で早世したが、その演技と語りは今なお多くのファンの心に刻まれている。


5.桂文枝(かつらぶんし)「5代目」

生年月日:昭和5年(1930年)4月12日

没年月日:平成17年(2005年)3月12日

享年:74歳

五代目 桂文枝(本名:長谷川多持)は、昭和の上方落語界を代表する名人の一人であり、六代目笑福亭松鶴、三代目桂米朝、三代目桂春團治とともに「上方落語四天王」と称されました。昭和22年(1947年)に四代目桂文枝に入門し、三代目桂小文枝を経て、平成4年(1992年)に五代目桂文枝を襲名。音曲を取り入れた「はめもの」や、女性を主人公とする演目で高い評価を受け、「立ち切れ線香」「船弁慶」などが代表作です。また、上方落語協会の会長として後進の育成にも尽力し、桂三枝(現・六代目桂文枝)や桂文珍ら多くの人気落語家を輩出しました。その功績により、上方落語の復興と発展に大きく貢献しました。


6.桂文治(かつらぶんじ)「10代目」

生年月日:大正13年(1924年)1月14日

没年月日:平成16年(1983年)1月31日

享年:80歳

十代目 桂文治(本名:関口達雄)は、大正13年(1924年)に東京都豊島区で生まれ、初代柳家蝠丸を父に持つ落語家です。戦後の昭和21年(1946年)に二代目桂小文治に入門し、柳家小よしを名乗った後、桂小よし、桂伸治と改名し、昭和33年(1958年)に真打昇進。昭和54年(1979年)に十代目桂文治を襲名し、桂派宗家となりました。彼の芸風は、正調の江戸弁を大切にし、滑稽噺を得意とする自由闊達なもので、「掛取り」「源平盛衰記」「親子酒」などの演目で知られています。また、南画家としても活動し、雅号「籬風」で知られ、書道や盆栽にも精通する多才な人物でした。平成11年(1999年)には落語芸術協会会長に就任し、平成14年(2002年)には勲四等旭日小綬章を受章。平成16年(2004年)に急性白血病のため80歳で逝去しました。

14.『日本おとぎ噺 』「三年寝太郎」

100えんメガネ

むかしむかし、とある村に働かずに三年もの間、寝続けている若者がいた。「寝太郎(ねたろう)」と呼ばれるその男は、毎日ひたすら布団の中でゴロゴロしているだけ。村人たちは「あれじゃ、何の役にも立たん」と呆れ果てていた。働き者の親も心配したが、寝太郎はただニコニコ笑って眠り続けるばかりで、起きる気配すらないのだった。

「三年が経ったある日、寝太郎はふいにむくりと起き上がり、「さて、そろそろ働くかのう」とつぶやいた。村人たちは驚き、呆気にとられた。寝太郎はすぐさま村の浜へ向かい、大勢の若者たちに声をかけると、太い綱や丸太、木橇(きぞり)を集めさせた。そして自ら先頭に立ち、山へと向かっていく。誰もが「何をする気だ」と訝しんだが、寝太郎はまっすぐ山の中腹にある大岩の前へたどり着くと、「よっこらせ」と声を張り上げ、巨大な岩を動かし始めた。」

寝太郎が動かした岩の下からは、こんこんと清らかな水が湧き出し、小川となって山を下っていった。実は、この岩が水の流れを塞いでいたのだ。この水は村まで流れつき、長らく干ばつに苦しんでいた村に潤いをもたらした。田畑は蘇り、稲もよく育ち、村人たちは大いに喜んだ。「あの寝太郎が、村を救ったとは…」と、人々の見る目が一変した。

その後、寝太郎は元の布団に戻ることなく、村の発展に尽力したという。人々は彼を「大寝太郎様」と呼び、感謝しながら敬意をもって接した。寝太郎の三年の眠りには、きっと大きな意味があったのだろう。――やがてこの村は豊かな水と田畑に恵まれ、繁栄していったそうな。

6. 『古典落語』「牛ほめ(うしほめ)」

100えんメガネ

長屋の若い男が、兄貴分の忠告を受けるところから始まる。「これからは人とのつきあいを大事にせにゃならねぇ。その第一歩が“ほめる”ってぇもんさ」――と、兄貴は語る。ちょうど近所のご隠居が飼ってる立派な牛を見て、「あの牛をうまくほめて、話しかけてみな」と指南する。若者はうなずき、「へい、任せてください」と胸を張る。だが、口下手で世辞もうまくない若者、心中は不安だらけ。

いよいよご隠居のもとを訪れた若者は、さっそく牛の前に立つ。兄貴の言った言葉を思い出しながら、ぎこちなく口を開く。「立派な牛で…毛並みがいい。ええ、あの、鼻の穴の大きいこと!」と、なぜか牛の顔ばかりを称賛する。ご隠居は「鼻の穴がでかいとな?」と怪訝な顔をしながらも、「まあ、よく見ておるな」と笑って受け流す。若者は続けて、「年季も入っておられて…何歳で?」と尋ね、「十三歳じゃ」と教えられると、「おぉ、うちの妹と同い年です」と、思わず妙な比較をしてしまう。

そのうち調子に乗ってきた若者、「なんとも立派な…角がまた鋭い。蹴られたらさぞや痛いことでしょう!」などと、ほめるどころか脅かしてるような言葉に。しまいには、「肉付きがよろしい。さぞや、食ったらうまかろう」などと口走る始末。これにはさすがのご隠居も「おい、そりゃほめてるんじゃなくて、食う気じゃないか!」と呆れ顔。周囲の者もクスクスと笑い始め、若者は赤面してうつむく。

結局、ご隠居も「ま、精一杯やったんだろう。悪気はなさそうだし、話の種にはなるな」と笑って受け流す。兄貴分は後から聞いて、「お前さん、ほめるってのは人の心を和ませるもんだ。次は“ほめる気持ち”から始めな」と諭す。若者は「へい、まずは“ほめ方”をほめられるよう、精進します」と頭をかく。こうして、江戸っ子の気風と人情がにじむ、微笑ましい一席が幕を下ろす――。

13.『日本おとぎ噺 』「夢を買う」

100えんメガネ

むかしむかし、山里に一人の貧しい男が暮らしていました。薪を割って売っては、わずかな銭を得るだけの暮らし。着るものも粗末で、毎日の食事もままなりません。それでも男は明るく、「いつか大きな幸せが訪れる」と信じていました。ある晩、男はふしぎな夢を見ます。夢の中で、立派な屋敷に住み、庭に咲く花を愛でながら、家族と笑い合う自分の姿がありました。

翌朝、男は夢の余韻に包まれながら薪を売りに村へ出ます。すると道端に、ふしぎな格好の旅の商人が立っていました。商人は、「わしは夢を買い取る商いをしておる」と言います。男が半信半疑で自分の夢の話をすると、商人は感心し、「その夢は価値がある。銭三両で買おう」と言いました。男は驚きつつも、銭のありがたさに心が動きます。

銭三両を手に入れた男は、久しぶりに腹一杯の飯を食べ、新しい衣を買い、心まで豊かになります。しかし夜、床につくと、もう夢は現れません。以前のような希望に満ちた思いが、どこかへ消えてしまったのです。「夢を売ってしまったからか…」と、男は寂しさを覚えます。いくら暮らしが楽になっても、心が満たされないことに気づいたのでした。

男は翌朝、商人を追いかけて山道をたどります。何日も歩いた末に、ようやく商人を見つけ、こう言いました。「夢を返してほしい。銭はいらぬ」。商人は静かにうなずき、「夢を持つ心こそ、何よりの財じゃ」と言って巻物を返します。その晩、男はまた夢を見ました。今度は夢の中で、笑う家族と一緒に、今の自分を誇らしげに見つめていました。

6.『江戸小咄』「俄道心」

100えんメガネ

ある日、江戸の町に住む熊五郎という男が、長屋の裏手で日向ぼっこをしていた。そこへ通りがかった隠居が、「この世は儚いもんだ」とつぶやいたのがきっかけで、熊五郎の胸に仏道の種が芽生える。
「そうさなァ、俺もそろそろ悟りの道ってやつを考えてみるか」と、俄かに道心を起こした熊五郎は、急に酒も博打もやめると宣言。女房も驚くほどの変わりようで、朝からお経を唱える日々が始まる。

熊五郎の変化は長屋中の噂となり、「熊さん、見違えたねえ」と感心されるほど。本人も満更ではなく、「煩悩即菩提だ」とか何とか、どこかで聞きかじった言葉を並べ立て、まるで本物の坊さんのような態度。
だが、信心が深まるにつれ、熊五郎は次第に他人の言動に口を挟むようになる。隣の子供が魚をいじめれば「殺生はあきまへん」と説教し、向かいの八百屋が声を張れば「欲にまみれとる」と眉をひそめる。周囲は徐々に辟易し始める。

ある晩、隣の長屋で宴会が開かれた。酒の匂いと笑い声が熊五郎の部屋まで届いてくる。耐えがたい誘惑に、熊五郎の眉間がピクつく。
「修行の妨げじゃ……」と呟きつつも、しばらくすると「ちょっと様子だけでも」と、こっそり覗き見。宴席では旨そうな煮込みに燗酒が湯気を立てている。目が合った隣人が「熊さんも一杯どうだい?」と声をかけるや否や、熊五郎は一瞬の迷いもなく、ぬっと座に加わる。

すっかり酔っ払った熊五郎、「仏道もええが、煮込みも捨てがたえなァ!」と高らかに笑う。その場にいた皆がどっと笑い、女房も「やっぱりそれが熊さんらしいや」と頬をゆるめる。
翌朝、二日酔いの熊五郎は、「昨日の俺ァ、迷いの中に光明を見たんでぇ」と訳のわからぬ言い訳を口にするが、誰も気にしない。
江戸の町は今日もにぎやか。熊五郎の道心も、春の風のように一時のことと、笑いと共に流れていった。