語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「団塊の世代」

100えんメガネ

私は昭和二十二年生まれ、いわゆる団塊の世代である。戦争が終わって間もないころで、親たちは食べ物も着る物もない時代を懸命に生きていた。行商のおばさんが来れば、子どもたちは後ろをぞろぞろついて歩き、こぼれた豆や菓子を拾って喜んだ。それでも学校はあり、鉛筆一本を大切にしながら、毎日元気に通うことができた。何もなかったが、不思議と未来だけは、たくさんあった。



同じ年ごろの子どもが大勢いたため、教室も受験も就職も、どこへ行っても満員だった。「団塊の世代は墓場まで競争だ」と言われ、なるほど人生は押し合いへし合いである。しかし、日本は戦争をせず、工場が増え、給料も上がり、円も強くなっていった。働けば昨日より今日、今日より明日が豊かになる。競争には疲れたが、追いかける先には、いつも明るい景色が見えていた。



ところが年を取って振り返れば、強かった円は弱くなり、米も電気も何でも値上がりする。世界では争いが絶えず、日本でも軍備を強くしようという声が聞こえる。平和と成長は、黙っていても続くものだと思っていたが、どうやら違うらしい。若い人たちは、給料は上がらず、税金や社会保険料に追われている。私たちが夢見た未来が、いつの間にか若者の重荷になっているようで、少し申し訳なくもなる。



それでも団塊の世代は、戦後の貧しさも、受験戦争も、会社の競争も、何とかくぐり抜けてきた。物価高も円安も、「ここまで来たら、もう少し」と逃げ切るつもりでいる。しかし、相手はなかなか手ごわい。年金は増えず、病院の待ち時間は増え、墓地まで値上がりしている。なるほど、墓場まで競争とはよく言ったものだ。だが最近は競争相手より足腰のほうが先に弱り、墓場へ走るどころか――私は毎朝、ジムで逃げ切る練習をしている。