語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

27.日本おとぎ噺 「貧乏神と福の神」

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むかしむかし、ある村に正直者の男が住んでいた。貧しくとも愚痴ひとつ言わず、毎日コツコツ働いて暮らしていた。ある晩、男の家に奇妙な客が現れる。それは「貧乏神」と名乗るやせ細った男だった。
「ここに居候させてくれ」と頼まれた男は、あっさりと了承し、「お前も腹が減っておるのか、まあ食っていけ」と笑って団子を差し出す。

貧乏神は感激し、「お前のような優しい人間は初めてだ」と目を潤ませる。
その日から、貧乏神は毎晩、男の寝床の隅にうずくまり、静かに過ごした。不思議なことに、翌日から男の周りには良いことが続く。川で大きな魚が獲れ、山で薪が豊富に見つかり、隣人たちもなぜか親切になっていく。

ある晩、再び誰かが戸を叩く。現れたのは、立派な装束をまとった「福の神」だった。
「この家にはもう貧乏神が居る。さあ出ていけ」と福の神は言う。しかし男は迷いもせず、「長く一緒に過ごしたあの人を、追い出すわけにはいかない」と答える。福の神はしばし沈黙し、やがて静かにうなずいた。

翌朝、福の神は去ることなく、貧乏神と並んで朝の陽を浴びていた。福の神は言った。「お前の心が真に豊かであったから、我もここに住もう」。
それから男の家はますます栄え、村一番の笑顔あふれる家となった。貧乏神も、やせ細っていた姿から、ふっくらとした福々しい姿になっていった。

12.『江戸小咄』「鶉(うずら)」

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江戸の町は春の宵、町角に立つは長屋住まいの八五郎(はちごろう)。日がな一日を無為に過ごし、のんびり鼻をほじっていたところを、向こうからふらりと現れたのは、隣町で評判の物知りご隠居。
「おう八、何をしてる?」
「へい、ちょいと…鼻でもいじっておりました」
江戸の市井に生きる男の、なんとも気の抜けた始まりである。

それを聞いたご隠居、にやりと笑って一席講じはじめる。
「八、お前さん“鼻捻”って知ってるかい? 江戸じゃな、お武家の中にゃこれを“忍びの技”に使ったって話がある」
八五郎はぽかんと口をあけ、「鼻を捻るのが技で?」と笑うが、ご隠居はさらに続ける。
「鼻の穴をぐっと指で捻ることで、息を殺す修行だとよ。心頭滅却とはよく言ったものじゃ」
そんな話を聞きながら、八五郎は妙に感心しきりで、ちょいと鼻をつまんでみせる。

その日の晩、八五郎は酒に酔って、近所の火の見櫓の下で寝込んでしまう。ところが夜半、見回りの町人に起こされると、八五郎は酔ったままこう言い張った。
「おいらは“忍び”の修行中でござんす。鼻を捻って気を整えていたとこで…」
町人たちはあきれて顔を見合わせ、「そんな寝小便たれが忍びかい」と大笑い。あれよあれよと話は広まり、長屋中の笑い者となってしまった。

翌朝、頭をかきながらご隠居の元へ出向いた八五郎。昨夜の出来事を語ると、ご隠居は腹を抱えて笑ったあと、こう言った。
「八よ、鼻は捻るもんじゃねぇ、恥はひねくれるほど味が出る。江戸の風は、そんなお前さんにもやさしいぜ」
八五郎は赤面しつつも、どこか憎めぬ顔で「へへ」と笑う。江戸の町は、今日も陽気な風に包まれている。

26.日本おとぎ噺 「ききみみ頭巾」

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昔、ある旅の僧が山の中を歩いていると、夕暮れにさしかかり、あたりはすっかり暗くなってしまった。仕方なく森の中で夜を明かすことにした僧は、大きな木の根元に腰を下ろし、風をしのいでいた。すると、木の上から奇妙な声が聞こえてくる。「今日の坊主は太ってるぞ」「今夜はうまそうだな」。その声は、木の上に集まった狐や狸たちのもので、彼らは人間に化けていたのだった。

恐ろしくなった僧が耳を澄ますと、どうやら彼らはこの森で旅人を化かして食べてしまう相談をしているらしい。だがその会話の中で、「ききみみ頭巾」という不思議な道具が登場する。どうやらそれをかぶると動物の言葉が聞こえるらしい。狸の一匹がその頭巾を持っており、自慢げに見せびらかしていた。隙を見て僧は木を離れ、その夜は何とか無事にやり過ごす。

翌朝、動物たちがいなくなったのを見計らい、僧は木の上を探し回る。そしてついに「ききみみ頭巾」を見つけ、こっそり持ち帰る。これを使えば、人の知らぬ話が聞けるかもしれない――そう考えた僧は、町に下り、茶屋に腰を下ろし、客たちの声に耳を傾ける。すると、そこでは鳥や犬までもが主人の秘密話をしていた。頭巾を通じて、さまざまな噂や秘密が聞こえてくるようになったのだ。

やがて僧はこの頭巾を使って多くの人助けをするようになる。失せ物探しや盗人探し、恋の悩み解決まで、動物たちの会話からヒントを得て、困っている人々を助けていった。その噂は広まり、僧は「耳聡い坊さん」と呼ばれ、町の人々に慕われた。そして頭巾は、大事にしまって人のために使うべきものと悟り、僧は静かに山へ帰っていったという。

11.『古典落語』「一目上がり(ひとめあがり)」

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江戸の長屋裏にある賭場では、博打打ちたちがひしめき合っていた。丁か半か、サイコロの音が夜の静けさに響く。そんな中、ある若者が現れ、最初の勝負で見事に「一目上がり(出目が一で勝ち)」を決める。「こりゃ縁起がいい」と周囲も盛り上がり、彼は次々と勝ちを重ねていく。

若者は日を重ねるごとに勝ち続け、「一目上がりの○○」と異名までつくほどに。噂を聞きつけ、見物人も増え、賭場はにわかに活気づく。しかし、ある晩を境に流れが変わった。いつも通り「丁で」と張ったが、出目はことごとく逆へ。勝ち続けていた男の顔に焦りの色が見え始める。

連敗が続き、これまでの勝ち分はおろか、懐の金も底をつく。見かねた古株の博徒が声をかける。「あんた、潮時じゃねぇのかい」。だが若者は耳を貸さず、最後の一文まで賭け、ついには着物まで質に入れる始末。運を読み違え、勝ちに執着した彼の姿は、まるで落ちぶれた狸のよう。

とうとう最後の勝負も敗れ、若者は丸腰で畳に座りこむ。そこへ親分が声をかけた。「おう、“一目上がり”の若、見事に“上がり”だな」――つまり「賭場を卒業(=上がる)」ってわけだ。負けてもどこかサッパリとした若者、「これも人生修業だ」と笑う。夜の賭場には、粋と諦観、そして江戸っ子の軽やかさが残るのであった。

25.日本おとぎ噺 「一寸法師」

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昔々、ある老夫婦が「子どもがほしい」と毎日神に祈っていたところ、ついに願いが叶い、指ほどの小さな男の子が生まれた。「一寸法師(いっすんぼうし)」と名づけられたその子は、背は小さいが心は立派。成長してやがて、「都に行って侍になりたい」と願い、お椀の船に針の刀、箸の櫂を持ち、川を下って都を目指す。

やがて都に着いた一寸法師は、立派な屋敷に入り、「お役に立ちたい」と申し出る。はじめは笑われたが、その誠実な姿に感心した姫とその家の人々に迎え入れられ、姫のお供として

仕えることとなる。姫とはすぐに仲良くなり、常に傍で大切にされる。



ある日、姫と一寸法師が京の清水寺に参詣に出かけると、突如、鬼が現れ姫をさらおうとする。一寸法師は姫を守ろうと、針の刀を手に立ち向かう。鬼は笑いながら一寸法師を飲み込むが、腹の中で暴れまわる小さな勇者に鬼は苦しみ逃げ出す。落とした鬼の打ち出の小槌を一寸法師が拾う。

姫が「一寸法師よ、元の姿に戻ってほしい」と願いながら打ち出の小槌を振ると、一寸法師はたちまち立派な若者の姿に。その姿に姫は顔を赤らめ、一寸法師はそのまま姫と結ばれ、立派な侍として名を上げ、幸せに暮らした。