語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

8.『日本おとぎ噺』 「火男」

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昔々、ある村に、火を操る力を持った不思議な男が住んでいました。その男は「火男」と呼ばれ、彼が現れると、どんな寒い日でも周囲が暖かくなり、火を使って村人たちを助けていました。最初はその力をありがたく思っていた村人たちも、次第に火男が自分の思い通りに火を使い始めたことを恐れるようになります。

ある日、村に大きな火災が起きました。村人たちは必死に消火しようとしましたが、火男が火を使おうとするたびに、火がますます激しく燃え上がり、村全体が危険にさらされてしまいます。火男は自分の力をコントロールできず、暴走してしまうのでした。火男自身もその力に困惑し、どうしたら良いのかわからなくなります。

火男は村を救うために、自分の力を制御しなければならないと決意します。彼は森の中に入って修行を始めました。そこで、火を使いこなすためには、ただ力を使うのではなく、心を落ち着け、自然と調和することが大切だということに気づきます。しばらくして、彼は再び村に戻り、今度は自分の力をうまく制御できるようになっていました。

火男は村に戻ると、再び村人たちを助けるためにその力を使います。今回は力をコントロールし、村を危機から守ることができました。村人たちは火男を再び信頼し、感謝の気持ちを伝えます。火男は自分の力を人々のために使うことの重要性を学び、今後も村の守り手としてその力を使い続けることを決意します。

『粋の極み ・笑いの匠たち』1~3

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1.桂歌丸(かつらうたまる)「8代目」

生年月日:昭和11年(1936年)8月14日

没年月日:平成30年(2018年)7月2日

享年:81歳

横浜市中区真金町の生まれ。初名は椎名巌(しいな いわお)。幼少より芸に親しみ、昭和26年、五代目古今亭今輔に入門し「古今亭今児」を名乗る。のち、桂米丸門下に転じ、「桂米坊」を経て、昭和36年に八代目・桂歌丸を襲名。端正で知的な語り口と、古典落語への深い愛情で名高い。長年『笑点』の大喜利メンバーとしても親しまれ、2006年からは五代目三遊亭圓楽の後を継ぎ『笑点』司会者として番組を牽引した。晩年は高座に復帰し続けた姿も感動を呼んだ。まさに、現代落語界を象徴する一人であった。


2.桂枝雀(かつらしじゃく)「2代目」

生年月日:昭和17年(1942年)8月13日

没年月日:平成11年(1999年)4月19日

享年:56歳

桂枝雀(二代目)は、昭和を代表する上方落語の名人で、本名は前田達(まえだとおる)。若き日に桂米朝に入門し、「桂小米」の名で研鑽を積み、昭和48年(1973年)に二代目「桂枝雀」を襲名。彼の落語は理詰めで緻密に構成されながらも、破天荒な動きと爆発的な笑いに満ちており、「枝雀流爆笑落語」とも称された。特に「英語落語」の試みなど革新的な挑戦も多く、落語を世界に広める架け橋にもなった。一方、内面は繊細で、晩年は心の病に苦しみ、平成11年に急逝。享年56。夭折の落語家として多くのファンに惜しまれ、その功績は今なお語り継がれている。


3.桂小金治(かつらこきんじ)

生年月日:大正14年(1925年)3月5日

没年月日:平成26年(2014年)3月13日

享年:89歳

桂小金治は、戦後昭和のテレビ・ラジオ黄金期を彩った名人落語家にして、名司会者。東京出身で、初代桂小金治を名乗ったのち、テレビ草創期には『お昼のワイドショー』や『それは秘密です!!』などで人気を博した。軽妙な語り口と人情味あふれる話芸で親しまれ、テレビの司会業に進出してからも落語の精神を忘れず、庶民の気持ちに寄り添う語りで多くの視聴者の心を掴んだ。晩年には再び落語に重きを置き、古典落語の再評価にも貢献。芸と人柄の両面で信頼され、「人情派名人」として記憶されている。

7.『日本おとぎ噺 』「ぶんぶく茶釜」

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むかしむかし、ある寺に住む和尚さまが、山で傷ついたタヌキを見つけました。和尚さまはそのタヌキを寺に連れて帰り、手当てをしてやります。タヌキはやがて元気になり、恩返しがしたいと強く思いました。

タヌキはある日、寺に古くなった茶釜があるのを見つけ、「自分が化けて芸をすれば、お金が手に入るかもしれぬ」と思いつきます。するとタヌキは自ら茶釜の姿に化け、和尚に「旅の芸人に売ってください」と告げます。和尚は不思議に思いながらも、茶釜を町へ持っていきます。

町の芸人がその茶釜を買い取り、興行を開くと、茶釜は自在に動き出し、綱渡りや太鼓を叩く芸を見せて、人々は大いに笑って喜びました。「ぶんぶく茶釜」と名付けられ、たちまち町の人気者に。芸人も喜び、茶釜とともに旅興行を続けます。

やがてタヌキは芸人に別れを告げ、「恩返しはこれで終わり」と言って、再び和尚さまの元へ戻ってきました。和尚さまは茶釜を大切に扱い、寺ではその後も不思議な茶釜の話が語り継がれるようになったということです。

3.『古典落語』「法華長屋(ほっけながや)」

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江戸の町はずれ、貧しいが気のいい八人の男たちが長屋に暮らしていた。ある日、その中の一人が「法華経(ほけきょう)」の信仰を始め、講(こう)という集まりに通い出す。講では信仰のありがたさを説く一方、参加者には白飯と煮しめが振る舞われるという話に、長屋中の者たちが目を輝かせた。「飯にありつけるなら、拝んでみるか」と、他の七人も次々と入信。長屋はたちまち「法華者の巣」と化す。

八人はそろって講に通い、ありがたそうな顔で題目を唱えるが、内心は「今日の煮しめは大根多めか」などと飯のことばかり。やがて彼らの様子を見咎めた町役人が、「信仰は自由だが、飯目当ての信心はよくない」と説教を垂れる。それでも彼らは「ありがたいお言葉」と拝んでごまかし、反省の色なし。近所の者たちも呆れるが、当の本人たちはどこ吹く風。

ある日、「他の宗派でも飯が出るらしい」と聞きつけた八人は、「そっちにも入るか!」と意気込みを見せる。これには町の者もついに堪忍袋の緒が切れ、長屋ごと町役場に突き出されることに。裁きの場では、町役人が「信仰は尊いが、改宗を飯のために繰り返すのは信心とは言えぬ」と一喝。だが、八人はへらへら笑って「ありがたいことで」と頭を下げるのみ。もはや手の施しようがない。

結局、改宗の取り消しもなく、「ほどほどにせよ」との忠告で一件落着。長屋に戻った八人は、「次はどこの宗派に飯が出るやら」と懲りもせず、またもや飯の匂いを追い求める始末。信仰もご都合主義で笑い飛ばす、江戸庶民のしたたかさと軽妙さが光る一席であった。

6.『日本おとぎ噺』 「たのきゅう」

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昔々、芸で身を立てる若者「たのきゅう」という旅芸人がおりました。彼は村から村へと旅をしながら、人々に唄や踊りを披露し、食べ物や宿を恵んでもらっていました。顔には笑顔を絶やさず、どこへ行っても人気者でした。

ある日、山道を歩いていると、急に大きな狸が姿を現しました。「お主、芸ができるそうじゃな。わしと勝負せんか?」と狸が言うのです。たのきゅうは驚きましたが、「面白い!」と快諾しました。狸も人間に化けて、得意の芸を披露。二人は交互に芸を見せ合い、近くにいた村人たちも集まってきました。

狸は得意げに「次はわしの秘伝の芸じゃ!」と宣言し、驚くような変身芸を披露します(※ここでは金玉を使った芸とはせず、「布のような大きな風呂敷を使い、空を飛ぶ真似や傘に化ける」などで代替)。観客は大笑いし、たのきゅうも感心しきり。だが狸は調子に乗りすぎ、最後にはうっかり姿が元に戻ってしまいます。

狸は少し恥ずかしそうに笑い、「おぬしの芸もなかなかじゃった」と言いました。たのきゅうも「いや、そなたの芸も見事だったよ」と笑って答えます。やがて狸は山へ戻り、たのきゅうは次の村へ旅立ちました。人と狸が芸で心を通わせた、不思議で愉快な一日でした。