むかし、旅好きの若者がおりました。ある日、山道を歩いていると、見知らぬ茶屋がぽつんと立っており、美しい女主人がひとりで切り盛りしていました。若者はふと心を惹かれ、茶を所望します。女主人は静かに笑いながら、「これを被れば、どこでも自由に行けましょう」と、一枚の頭巾を若者に手渡します。それは、姿を隠し、さまざまな者に化けられるという不思議な頭巾でした。

若者は頭巾の力を試してみると、狐に、老婆に、果ては役人にまで化けることができ、大いに楽しみます。街でいたずらをしたり、酒場で騙し騙される日々を送ります。だが次第に、化けた姿に頼りきってしまい、本当の自分を忘れていくのです。「誰かになれること」に酔いしれる若者は、もはや故郷にも顔を出さなくなっていました。

ある日、ふとあの茶屋を思い出し、若者は再び山を訪れます。すると変わらぬ姿の女主人が静かに迎えてくれました。「言ったでしょう。自分を忘れるぞと」――そう言う彼女の言葉に、若者はハッとします。茶を出され、その湯気に映るのは、かつて純粋だった自分の面影。涙を浮かべた若者は、ようやく目を覚まします。

若者は頭巾を脱ぎ、深く礼をして茶屋をあとにします。それからはもう化けることはせず、素顔で旅を続けました。人はどんな姿にもなれるけれど、心の軸を見失ってはならぬ――若者の旅は続きましたが、心には確かな「自分」が戻っていたのです。
















