語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

26.『古典落語』「道灌(どうかん)」

100えんメガネ

江戸の町。町人の八五郎は、威勢がよくて口も達者だが、どうにも教養がないのが玉に瑕。ある日、隣の若旦那が詠んだ和歌を耳にし、「山吹の花」だの「七重八重」だのと聞いたことのない言葉が並び、ちんぷんかんぷん。だが、やせ我慢も江戸っ子の美徳、「なるほど、なかなか粋な詠みぶりで」とそれらしくうなずいてしまう。実はちっとも分かっていないが、知ったかぶりが止められない。



そこで八五郎、町内の連中を前に教養ぶって一席ぶつ。「昔の殿様で“道灌”というお方がいてな、家来と山道を歩いていたときに雨に降られて…」と始めるが、どこまでが本当でどこからが創作かわからぬ話ぶり。しかし、妙に芝居がかっていて、これがまた面白い。「山吹の里の娘が、無言で花一枝を差し出した。道灌は不思議がったが、あとで“それは『七重八重…』という古歌の引用だったと知って恥じ入った”んだとさ」――何やら粋で、ちょいと気取った話になっている。



話を聞いていた町人たちは「へぇ、そんな意味があったのか」と感心。だがふと、「お前さん、じゃあその“七重八重…”の歌、全部言ってみな」と振られてしまう。八五郎、あせる。「え、えーと…七重八重、花は咲けども、実の一つだに…ええと、ええと…」と、どうにかそれっぽく取り繕おうとするが、語尾があやふや。「“実の一つだに、なし”だろう?」と突っ込まれ、たじたじになる。



結局、八五郎は「実のある話じゃねえや」と町人たちに笑われてしまうが、本人はどこ吹く風。「まあ、咲きゃいいのさ。花は花よ!」と開き直る始末。江戸の町には、知ったかぶりもまた愛嬌。学がなくても、ちょいと粋に構えて、言葉の綾で人を笑わせる。そんな江戸っ子の軽妙さと、庶民の間に生きる古典の香りが、柔らかな笑いとともに残る一席である。