語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

『宮沢賢治・光と風の物語』第十回「やまなし」

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五月の谷川。水底に暮らす二匹の蟹の子は、青白く揺れる水の光を見上げながら、「クラムボンは笑ったよ」「死んだよ」と不思議な話をしていた。泡は水銀のように流れ、日光の網が砂の上で揺れている。父蟹は、子どもたちの問いに静かに答え、川の中の穏やかな暮らしを見守っていた。



突然、青い光が水中を走り、一匹の魚が消えた。かわせみが水面から飛び込み、魚を捕らえていったのである。蟹の子たちは恐ろしさに身を縮め、父蟹のそばへ寄った。やがて水は再び静かになったが、明るい五月の川にも、命を奪う出来事が潜んでいることを、子どもたちは初めて知った。



十二月、谷川の水は冷たく澄み、月の光が水底まで青白く届いていた。成長した蟹の子たちが泡を追って遊んでいると、上から丸いものが落ちてきて、川底へ沈んだ。子どもたちは、また恐ろしいものが来たのかと身構えたが、父蟹は匂いを確かめ、「これはやまなしだ」と教えた。



父蟹は、やまなしが熟すまで待ち、やがて皆で食べようと言った。蟹の親子は、香りを放ちながら沈む実を見つめ、ゆっくりと巣穴へ帰っていった。水面では風が木々を揺らし、月の光が川を静かに流れていた。五月の恐怖とは対照的に、十二月の水底は、恵みを待つ穏やかな喜びに包まれていた。


29.『江戸小咄』「名所知(めいしょしり)」

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ある日、町のご隠居が若い衆に話しかける。

「江戸にも名所ってぇのがいろいろあるが、さて、どこが一番粋だと思う?」

若い衆の与太郎が答える。

「そりゃぁ、吉原ですかねぇ。にぎやかで、花も咲いてて、夢のような所で――」



それを聞いて、ご隠居はふむと頷くも、眉をひそめる。

「そりゃまあ、華やかさはあるがな。名所ってのはな、もっと心に残るもんさ。春の上野、夏の隅田、秋の小石川、冬の根岸――四季折々の味わいがある」

与太郎はきょとんとしながらも、「へぇ、でもどこも女っ気がないような」と呟く。



ご隠居は笑いながら言う。

「馬鹿だねぇ、おめぇ。名所ってのはな、眺めてよし、歩いてよし、そっと胸のうちにしまっておけるもんさ。見せびらかすもんじゃねぇ。たとえば、夕暮れの深川、雨上がりの品川――あれこそ、粋な江戸の名所だ」

与太郎は首をかしげ、「でも、そんなとこ、誰も案内してくれませんよ」



そのとき、ご隠居がにやりと笑って、扇子をくるり。

「だからこそ、通(つう)ってぇのがいるのさ。名所を知るは、町を知るってこと。江戸っ子たる者、どこにでも風情を見出してこそ、一人前ってもんさ」

――江戸の町には、誰にも教えられぬ“名所”がある。

それを見つける心が、粋のはじまりなのでござんす。


66.日本おとぎ噺 「おいてけ堀(おいてけぼり)」

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江戸の町はずれ、深川に近い堀端の話。そこには「夜な夜な不思議な声が聞こえる」という噂が立っていた。
ある日、魚釣り好きの男がその堀へ出かけ、見事な鯉を釣り上げる。喜んで帰ろうとすると、突然、背後からしわがれた声が響いた。

「おいてけぇ……おいてけぇ……」

驚いた男は振り返るも、誰の姿も見えない。辺りは静まり返り、ただ月の光が水面に揺れているだけだった。



男は気味悪さを感じながらも、気のせいだと思って家に帰る。しかしその夜、またもや耳元で声がする。

「おいてけぇ……おいてけぇ……」

声は次第に大きくなり、袋の中の鯉が暴れ出す。驚いた男は袋を抱えて飛び起きるが、鯉はどこかへ消えていた。翌日、袋の中は空だった。



不思議に思った男は、町の古老に話を聞く。すると古老は静かに語る。

「あの堀はな、昔、釣った魚を捨てずに持ち帰ると、魂が恨んで声を出すと言い伝えがある」

以来、男はその堀で釣れた魚は必ず逃がすようにした。不思議と声は聞こえなくなったという。



堀には再び静けさが戻り、夜な夜な聞こえていた声もやんだ。今では近所の子どもたちも遊べるほどになった。
男は堀を見るたびに、あの不思議な声を思い出し、心の中でそっとつぶやく。

「すまなかったな……おいてけぼりよ」


『宮沢賢治・光と風の物語』第九回「どんぐりと山猫」

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一郎のもとへ、山猫から「面倒な裁判があるので来てほしい」という不思議な葉書が届いた。翌朝、一郎は黄金色の風が渡る山道を進み、きのこや栗の木に道を尋ねながら、山猫の住む草原を目指す。やがて、奇妙な馬車別当と、立派な服を着た山猫に迎えられた。



草原には、たくさんのどんぐりが集まり、「自分こそ一番偉い」と言い争っていた。大きいもの、丸いもの、細長いもの、それぞれが自分の良さを主張し、裁判は少しもまとまらない。山猫は威厳を保とうとするが、どんぐりたちの騒ぎに困り果て、一郎へ知恵を貸してほしいと頼んだ。



一郎は「一番偉くない者が、一番偉いと決めればよい」と提案した。すると、どんぐりたちは急に静まり返る。誰も自分を「偉くない」とは言いたくなかったのである。山猫は大喜びし、その言葉を裁判の決まりとして言い渡した。長く続いた争いは、たった一言であっけなく終わった。



裁判を解決した礼に、山猫は黄金色のどんぐりを一升ほど贈ろうとしたが、一郎は持ち帰れないので断った。代わりに馬車で家まで送ってもらう。別れ際、山猫は次の葉書をもっと威張った文面にしようかと尋ねたが、一郎は今までどおりがよいと答えた。それ以来、山猫から葉書は届かなかった。


28.『古典落語』「金明竹(きんめいちく)」

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大阪から江戸に商売に来ている古道具屋の旦那は、留守にすることとなり、女房と手代の与太郎に店を任せることにした。女房は気丈でしっかり者だが、与太郎はというと、どこか抜けている上に物覚えも悪い。それでも一人では心許ないと、仕方なくこの与太郎を留守番に残す。

そこへ、大阪からの使いがやってくる。店先で「主(あるじ)はおるかえ」と尋ねるも、応対に出たのは例の与太郎。大阪弁がまるで通じず、何を言っているのかさっぱりわからない。



大阪の使いは、大阪特有の早口の上に、商いの専門用語を交えてまくし立てる。「そちらの旦那様に頼まれて、難波の某が、金明竹一対、羅宇竹(らうだけ)三本、紫檀(したん)の煙管筒(きせるづつ)二挺――」と、道具の名を連ね、依頼された品の確認を伝えようとする。

だが、与太郎は内容を理解するどころか、聞いたことのない言葉の嵐にただ呆然。聞き返すも、ますます訳がわからず、大阪弁に混乱しながら、なんとか用件を覚えようと必死になる。



使いの男は業を煮やし、「こんなに聞き分け悪ぅて、どないなってまんねん!」と怒り出すが、与太郎は平謝りするのみ。やがて女房が戻ってきて事態を収めるが、与太郎は「確か…キンミャクジュク?…いや、カネメチック…」とうろ覚えの言葉を繰り返し、女房に報告しようとする。

ところが、報告になっておらず、言葉はますます混乱。「金明竹」が「きんめいちく」とも聞き取れず、あげく「紫檀の煙管筒」が「シダンのキザントン」とひどい崩れよう。これには女房も呆れ顔。



結局、何の道具の話だったのかも曖昧になり、品物の内容も分からず、すっかり話がこじれてしまう。だが、江戸と上方の言葉の違いが生む滑稽と、与太郎の人の良さに、女房もつい苦笑。後に旦那が戻ってきて事の顛末を聞き、皆で大笑いとなる。

――江戸と上方、道具と舌先、違いはあれども、そこにあるのは人情と笑い。言葉の行き違いが生む江戸のユーモア、そんな一席である。