66.日本おとぎ噺 「おいてけ堀(おいてけぼり)」
江戸の町はずれ、深川に近い堀端の話。そこには「夜な夜な不思議な声が聞こえる」という噂が立っていた。
ある日、魚釣り好きの男がその堀へ出かけ、見事な鯉を釣り上げる。喜んで帰ろうとすると、突然、背後からしわがれた声が響いた。
「おいてけぇ……おいてけぇ……」
驚いた男は振り返るも、誰の姿も見えない。辺りは静まり返り、ただ月の光が水面に揺れているだけだった。

男は気味悪さを感じながらも、気のせいだと思って家に帰る。しかしその夜、またもや耳元で声がする。
「おいてけぇ……おいてけぇ……」
声は次第に大きくなり、袋の中の鯉が暴れ出す。驚いた男は袋を抱えて飛び起きるが、鯉はどこかへ消えていた。翌日、袋の中は空だった。

不思議に思った男は、町の古老に話を聞く。すると古老は静かに語る。
「あの堀はな、昔、釣った魚を捨てずに持ち帰ると、魂が恨んで声を出すと言い伝えがある」
以来、男はその堀で釣れた魚は必ず逃がすようにした。不思議と声は聞こえなくなったという。

堀には再び静けさが戻り、夜な夜な聞こえていた声もやんだ。今では近所の子どもたちも遊べるほどになった。
男は堀を見るたびに、あの不思議な声を思い出し、心の中でそっとつぶやく。
「すまなかったな……おいてけぼりよ」

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