語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

6. 『古典落語』「牛ほめ(うしほめ)」

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長屋の若い男が、兄貴分の忠告を受けるところから始まる。「これからは人とのつきあいを大事にせにゃならねぇ。その第一歩が“ほめる”ってぇもんさ」――と、兄貴は語る。ちょうど近所のご隠居が飼ってる立派な牛を見て、「あの牛をうまくほめて、話しかけてみな」と指南する。若者はうなずき、「へい、任せてください」と胸を張る。だが、口下手で世辞もうまくない若者、心中は不安だらけ。

いよいよご隠居のもとを訪れた若者は、さっそく牛の前に立つ。兄貴の言った言葉を思い出しながら、ぎこちなく口を開く。「立派な牛で…毛並みがいい。ええ、あの、鼻の穴の大きいこと!」と、なぜか牛の顔ばかりを称賛する。ご隠居は「鼻の穴がでかいとな?」と怪訝な顔をしながらも、「まあ、よく見ておるな」と笑って受け流す。若者は続けて、「年季も入っておられて…何歳で?」と尋ね、「十三歳じゃ」と教えられると、「おぉ、うちの妹と同い年です」と、思わず妙な比較をしてしまう。

そのうち調子に乗ってきた若者、「なんとも立派な…角がまた鋭い。蹴られたらさぞや痛いことでしょう!」などと、ほめるどころか脅かしてるような言葉に。しまいには、「肉付きがよろしい。さぞや、食ったらうまかろう」などと口走る始末。これにはさすがのご隠居も「おい、そりゃほめてるんじゃなくて、食う気じゃないか!」と呆れ顔。周囲の者もクスクスと笑い始め、若者は赤面してうつむく。

結局、ご隠居も「ま、精一杯やったんだろう。悪気はなさそうだし、話の種にはなるな」と笑って受け流す。兄貴分は後から聞いて、「お前さん、ほめるってのは人の心を和ませるもんだ。次は“ほめる気持ち”から始めな」と諭す。若者は「へい、まずは“ほめ方”をほめられるよう、精進します」と頭をかく。こうして、江戸っ子の気風と人情がにじむ、微笑ましい一席が幕を下ろす――。

13.『日本おとぎ噺 』「夢を買う」

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むかしむかし、山里に一人の貧しい男が暮らしていました。薪を割って売っては、わずかな銭を得るだけの暮らし。着るものも粗末で、毎日の食事もままなりません。それでも男は明るく、「いつか大きな幸せが訪れる」と信じていました。ある晩、男はふしぎな夢を見ます。夢の中で、立派な屋敷に住み、庭に咲く花を愛でながら、家族と笑い合う自分の姿がありました。

翌朝、男は夢の余韻に包まれながら薪を売りに村へ出ます。すると道端に、ふしぎな格好の旅の商人が立っていました。商人は、「わしは夢を買い取る商いをしておる」と言います。男が半信半疑で自分の夢の話をすると、商人は感心し、「その夢は価値がある。銭三両で買おう」と言いました。男は驚きつつも、銭のありがたさに心が動きます。

銭三両を手に入れた男は、久しぶりに腹一杯の飯を食べ、新しい衣を買い、心まで豊かになります。しかし夜、床につくと、もう夢は現れません。以前のような希望に満ちた思いが、どこかへ消えてしまったのです。「夢を売ってしまったからか…」と、男は寂しさを覚えます。いくら暮らしが楽になっても、心が満たされないことに気づいたのでした。

男は翌朝、商人を追いかけて山道をたどります。何日も歩いた末に、ようやく商人を見つけ、こう言いました。「夢を返してほしい。銭はいらぬ」。商人は静かにうなずき、「夢を持つ心こそ、何よりの財じゃ」と言って巻物を返します。その晩、男はまた夢を見ました。今度は夢の中で、笑う家族と一緒に、今の自分を誇らしげに見つめていました。

6.『江戸小咄』「俄道心」

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ある日、江戸の町に住む熊五郎という男が、長屋の裏手で日向ぼっこをしていた。そこへ通りがかった隠居が、「この世は儚いもんだ」とつぶやいたのがきっかけで、熊五郎の胸に仏道の種が芽生える。
「そうさなァ、俺もそろそろ悟りの道ってやつを考えてみるか」と、俄かに道心を起こした熊五郎は、急に酒も博打もやめると宣言。女房も驚くほどの変わりようで、朝からお経を唱える日々が始まる。

熊五郎の変化は長屋中の噂となり、「熊さん、見違えたねえ」と感心されるほど。本人も満更ではなく、「煩悩即菩提だ」とか何とか、どこかで聞きかじった言葉を並べ立て、まるで本物の坊さんのような態度。
だが、信心が深まるにつれ、熊五郎は次第に他人の言動に口を挟むようになる。隣の子供が魚をいじめれば「殺生はあきまへん」と説教し、向かいの八百屋が声を張れば「欲にまみれとる」と眉をひそめる。周囲は徐々に辟易し始める。

ある晩、隣の長屋で宴会が開かれた。酒の匂いと笑い声が熊五郎の部屋まで届いてくる。耐えがたい誘惑に、熊五郎の眉間がピクつく。
「修行の妨げじゃ……」と呟きつつも、しばらくすると「ちょっと様子だけでも」と、こっそり覗き見。宴席では旨そうな煮込みに燗酒が湯気を立てている。目が合った隣人が「熊さんも一杯どうだい?」と声をかけるや否や、熊五郎は一瞬の迷いもなく、ぬっと座に加わる。

すっかり酔っ払った熊五郎、「仏道もええが、煮込みも捨てがたえなァ!」と高らかに笑う。その場にいた皆がどっと笑い、女房も「やっぱりそれが熊さんらしいや」と頬をゆるめる。
翌朝、二日酔いの熊五郎は、「昨日の俺ァ、迷いの中に光明を見たんでぇ」と訳のわからぬ言い訳を口にするが、誰も気にしない。
江戸の町は今日もにぎやか。熊五郎の道心も、春の風のように一時のことと、笑いと共に流れていった。

12.『日本おとぎ噺』 「雪女」

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昔むかし、山奥の村に、薪を取って暮らす茂作(もさく)と巳之吉(みのきち)という親子がいた。ある年の冬、二人は山小屋に泊まり、吹雪を避けることになった。夜半、恐ろしいほどの風雪の中、扉が音もなく開き、そこへ真っ白な着物をまとい、青白い顔をした美しい女が現れた。
彼女は茂作の枕元に立ち、吐息ひとつで彼を凍え死なせると、次に巳之吉に近づいたが、若さを惜しんで「今夜のことは誰にも話すな」と言い残し、雪のように消えた。

巳之吉は父を失った悲しみと恐怖を胸に抱えながら村へ戻り、誰にもあの夜の話をしなかった。数年後、彼は**美しい女・お雪(ゆき)**と出会い、結婚する。お雪は心やさしく働き者で、ふたりの間には何人もの子どもが生まれ、幸せな日々が続いた。

ある夜、巳之吉はお雪に、ふとしたことからあの雪女の夜の話をしてしまう。するとお雪の表情が突然凍りつき、静かに立ち上がって言った。
「それを話さぬと約束したのに……私はあの夜の雪女です。人の世にとどまるには、あなたが黙っていてくれることが条件だったのに……」
涙を浮かべ、お雪は最後にこう言い残した――「もし子どもたちに悪いことをしたら、雪となって戻ってくるからね」。

お雪は子どもたちにそっと布団をかけると、ふわりと消えるように姿を消した。その後、どれほど探しても彼女は見つからなかった。だが、村人の間では、雪の降る夜、巳之吉の家の近くに白い影が立つのを見たという者もいたという。
そして巳之吉は、子どもたちを立派に育て、二度と雪女の話を口にすることはなかったそうな──。

5.『古典落語』「こんにゃく問答(こんにゃくもんどう)」

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ある日、江戸の寺に居候している一人の若い坊主が、街道筋のこんにゃく屋に立ち寄る。商いの合間にちょいと一休みと、坊主と世間話に花が咲くうち、話題は仏教に。「仏とは何か?」とふざけて尋ねたこんにゃく屋に、坊主は気の利いた答えも出せず、赤っ恥。周囲に笑われ、「坊主のくせに問答もできねえとは」と冷やかされ、思わず「じゃあ、法問答で勝負しようじゃねえか!」と啖呵を切ってしまう。

にわかに町内の関心を集めることとなり、「坊主対こんにゃく屋の問答勝負」が日取りを決めて寺で開かれることに。だが、肝心の坊主は無学で口下手、自分が言い出した勝負とはいえ逃げ出したい気持ちでいっぱい。そこへ助け舟を出したのが、寺の和尚。「言葉ではなく、身振り手振りで問答すればよい」と、ジェスチャー問答を指南する。

いよいよ当日、町の人々が見守る中、こんにゃく屋と坊主が対峙。まず坊主が一本指を立てれば、こんにゃく屋は二本指で返し、坊主が三本指を示すと、こんにゃく屋はこぶしを作って応じ、最後は坊主が手のひらを差し出すと、こんにゃく屋も手のひらを合わせて一礼――。これを見ていた和尚は「こやつ、やるな」と唸る。

問答の後、観衆が「いったいあれは何だったのか」とざわめくと、和尚が通訳役を買って出る。「一本指は“仏は唯一”の意、二本は“仏と衆生”、三本は“三宝”、拳は“それを一つにまとめる悟り”、手のひらは“天地への祈り”――まさに立派な法問答じゃ」と感嘆。

だが一方、こんにゃく屋はこう語る。「一本指で“目玉ひとつ”ってバカにされたから、二本で“目はふたつあるぞ”と返し、三本出されたから“三文の得か?”と聞いたら、こぶしで“殴るぞ”って脅されて、慌てて平身低頭しただけさ」と。結局、互いにまるで意味の違うことを考えていたのだが、町の連中は「まあ、どっちも名答よ」と大笑い。江戸の町に笑いと機知が響き渡る、粋なオチで噺は幕を閉じる――。