29.『古典落語』「粗忽長屋(そこつながや)」
江戸の下町、長屋暮らしの熊さんが浅草観音の帰りに、道端で倒れている死体に出くわす。よく見れば、それはどう見ても長屋の隣人・八五郎にそっくり。「これは一大事だ」と慌てた熊さんは、急いで長屋に戻り、大家を巻き込み「八っつぁんが死んでるぞ!」と騒ぎ立てる。大家も驚き、確認のために皆で浅草へ向かうことに。

一行が死体のある現場へ駆けつけると、やはりその男は八五郎に瓜二つ。そこへ、なんと本人の八五郎がひょっこり現れ、「どうしたどうした」とのんきな顔で尋ねてくる。熊さんは死体を指差し、「お前が死んでるんだよ!」とまさに本末転倒。周囲の者も口をあんぐり。だが八五郎は自分でも混乱してきて、「たしかに似てる、いや、もしかしたら本当に自分が死んでるのかも……」と、自分の死を疑い始める始末。

大家が「そんな馬鹿な話があるか」と怒るも、八五郎はどこか本気。「俺はあんまり粗忽だから、生きてるつもりで、もう死んでるのかもしれねぇ」と呟く。熊さんも「お前の粗忽ぶりならありえる」と妙に納得。ついには「せっかくだから本人に確認してもらおう」と、死体を担いで長屋まで運ぼうという騒ぎに。人だかりができ、道行く者まで巻き込まれていく。

ようやく役人が登場し、死体の身元を確認。結局、まったくの別人と判明する。八五郎は「なんだ、俺じゃなかったか」と胸をなでおろす。だが熊さんは、「やっぱりな、そうだと思ってたんだ」と最後まで強がり。大家は呆れつつも、長屋の連中はどこか楽しげ。江戸の町には、こんな風に粗忽でお人好しな連中がいて、そこに滑稽と人情が同居する。笑いながら、どこかほっとするような、そんな一席であった。

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