よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

『宮沢賢治の詩と心象風景』第五回 「青森挽歌Ⅳ 夜明けとすべてのいのちへの祈り 」

100えんメガネ

【原文】

わたくしのこんなさびしい考は
みんなよるのためにできるのだ
夜があけて海岸へかかるなら
そして波がきらきら光るなら
なにもかもみんないいかもしれない


【現代語訳文 】

私の胸に浮かぶ、こんなにも寂しい思いは、
きっと深い夜が生み出しているのだ。
やがて夜が明け、汽車が海辺へさしかかり、
朝の光を受けた波がきらきらと輝くなら、
この悲しみも迷いも、
すべて静かにほどけて、
何もかも、これでよかったと思えるのかもしれない。



【原文】

けれどもとし子の死んだことならば
いまわたくしがそれを夢でないと考へて
あたらしくぎくつとしなければならないほどの
あんまりひどいげんじつなのだ
感ずることのあまり新鮮にすぎるとき
それをがいねん化することは
きちがひにならないための
生物体の一つの自衛作用だけれども
いつでもまもつてばかりゐてはいけない


【現代語訳文 】

けれど、とし子が死んだということは、
いま改めて、これは夢ではないのだと考え、
胸を鋭く突かれなければならないほど、
あまりにもむごい現実なのだ。
悲しみがあまりに生々しいとき、
人はそれを言葉や考えに置き換えて、
心が壊れないよう自分を守ろうとする。
けれど、いつまでも守りの中に閉じこもり、
ほんとうの痛みから目をそらしてばかりいてはいけない。



【原文】

ほんたうにあいつはここの感官をうしなつたのち
あらたにどんなからだを得
どんな感官をかんじただらう
なんべんこれをかんがへたことか
むかしからの多数の実験から
倶舎がさつきのやうに云ふのだ
二度とこれをくり返してはいけない


【現代語訳文 】

ほんとうに、とし子はこの世の感覚を失ったあと、
新しくどのような身体を得て、
どのような世界を感じているのだろう。
私はいったい何度、このことを考えただろうか。
昔から積み重ねられてきた多くの教えをもとに、
仏教の『倶舎論』は、先ほどのように答えを告げている。
けれど私は、同じ問いを何度も繰り返し、
悲しみに心を奪われてはならないのだ。



【原文】

おもては軟玉と銀のモナド
半月の噴いた瓦斯でいつぱいだ
巻積雲のはらわたまで
月のあかりはしみわたり
それはあやしい蛍光板になつて
いよいよあやしい苹果の匂を発散し
なめらかにつめたい窓硝子さへ越えてくる
青森だからといふのではなく
大てい月がこんなやうな暁ちかく
巻積雲にはひるとき…


【現代語訳文 】

窓の外は、やわらかな翡翠と銀の粒子に満ち、
半月が吐き出したような淡い気体が漂っている。
月の光は、巻積雲の奥深くまで染みわたり、
雲を妖しい蛍光板のように輝かせていた。
そこからは、ますます不思議な林檎の匂いが立ちのぼり、
冷たくなめらかな窓ガラスさえ越えて、車内へ流れ込んでくる。
これは青森だからではない。
夜明け近く、月が巻積雲の中へ入るとき、
たいてい世界はこのような夢の姿になるのだ。



【原文】

「おいおい あの顔いろは少し青かつたよ」
だまつてゐろ
おれのいもうとの死顔が
まつ青だらうが黒からうが
きさまにどう斯う云はれるか
あいつはどこへ堕ちようと
もう無上道に属してゐる
力にみちてそこを進むものは
どの空間にでも勇んでとびこんで行くのだ


【現代語訳文 】

「おい、あの人の顔色は少し青かったな」
黙れ。
私の妹の死に顔が青かろうと黒かろうと、
おまえにあれこれ言われる筋合いはない。
妹がたとえ、どのような暗い世界へ落ちようとも、
その魂はすでに、最上の悟りへ向かう道の中にある。
力に満ちて進む者は、
どのような未知の空間へも恐れず、
勇んで飛び込んでゆくのだ。



【原文】

ぢきもう東の鋼もひかる
ほんたうにけふの……きのふのひるまなら
おれたちはあの重い赤いポムプを
ばかのやうに引つぱつたりついたりした
おれはその黄いろな服を着た隊長だつた
おまへはじつにさういふ服がよく似合つた
けれどもいまは汽車のなかで
おれはひとりでこんなことを考へてゐる
まだいつてゐるのか
もうぢきよるはあけるのに

すべてあるがごとくにあり
かがやくごとくにかがやくもの
おまへがたとへそのひかりのなかにゐても
けつしてひとりをいのつてはいけない
あいつがなくなつてからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかつたとおもひます


【現代語訳文 】

まもなく東の空が、鋼のように光り始める。
昨日の昼なら、私たちは重い赤いポンプを、夢中で引いたり押したりしていた。
私は黄色い服の隊長で、おまえにはその服がよく似合っていた。
けれど今、汽車の中で私はひとり考えている。
夜はもう明ける。すべてはあるがままにあり、輝くものは輝いている。
たとえおまえがその光の中にいても、自分ひとりの幸福だけを祈ってはいけない。
私も、おまえだけがよい所へ行けばよいとは、一度も祈らなかった。