30.『江戸小咄』「試合(しあい)」
ある日、長屋に住む浪人・宗兵衛(そうべえ)が、「町内で道場破りがあった」と聞きつける。近隣の若者たちが集まる小さな道場で、見知らぬ侍が突然現れ、師範に手合わせを挑んだというのだ。師範は応じたが、たちまち打ち負け、道場の看板まで持ち去られてしまった。浪人の血が騒いだ宗兵衛は、見物人たちの証言を頼りに、その侍を探し出す決意をする。

数日後、町外れの茶屋に、その侍が現れるという噂が流れる。宗兵衛は一人、木刀を携え、茶屋へと向かう。すると、そこには確かに、悠然と茶をすする男がいた。年の頃は三十前後、着物の袖から見える腕には鍛えられた筋が浮き、只者ではない風情。宗兵衛は丁寧に名乗りを上げ、「町人に剣の誇りを傷つけられてはたまらぬ」と試合を申し込む。男は笑みを浮かべ、「望むところ」と立ち上がる。

試合は、茶屋裏の竹林で行われた。静まり返る中、木刀が交わる音が響く。宗兵衛は老いてなお冴える太刀筋を見せるが、男の技は一段も二段も上。まるで風のように身をかわし、わずか三合で宗兵衛の木刀を打ち払う。その場に膝をついた宗兵衛に、男は木刀を下げ、「剣とは人を打つためにあらず、己を磨く道でござろう」と静かに語る。宗兵衛は深く頭を垂れ、言葉を失った。

その後、男は名も告げずに去っていった。宗兵衛は道場へ戻り、破られた看板を拾い上げると、新たに書き直した。「心技道場」と――。それからは、町の子どもたちにも稽古を開き、剣だけでなく礼と情けも教えるようになった。
――江戸の町には、名もなき達人がふらりと現れては、心に一本の筋を通していく。剣の道もまた、人を磨く“粋”のひとつだったのでござんす。

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