語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

21.日本おとぎ噺 「花咲か爺さん」

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むかしむかし、ある村に心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。ふたりは貧しいながらも仲良く暮らし、周囲の生き物にも分け隔てなく愛情を注いでいました。ある日、一匹の白い犬がやってきて、老夫婦に懐きます。ふたりはこの犬を「シロ」と名づけ、まるで子どものように大切に育てました。

ある日、シロが庭を掘りたそうに鳴くので、おじいさんが鍬を持って一緒に掘ると、中からざくざくと小判が現れました。老夫婦は驚きながらも感謝し、村人にもその話を伝えます。するとそれを聞きつけた隣の欲張りじいさんが、シロを無理やり借り出して宝を掘らせようとします。しかし、どこを掘っても出てきたのはごみやガラクタばかり。怒った隣のじいさんは、シロを打ち殺してしまいました。

悲しみに暮れる老夫婦は、シロの亡骸を引き取って手厚く弔い、灰にして仏壇に祀ります。ある日、おじいさんがその灰を手に持ち、ふと立ち枯れた木に撒いたところ、みるみるうちに花が咲き乱れました。都から通りかかった殿様はその様子に感動し、「花咲かじいさんじゃ!」と褒めたたえます。こうしておじいさんは、村でも一目置かれる存在となりました。

その話をまた聞きつけた隣のじいさんは、自分もと真似て灰を作り、殿様の前で木に撒きますが、花は咲かず、灰が風に舞って殿様の顔にかかってしまいます。怒った殿様は、じいさんを厳しく叱り、追い払いました。それ以来、老夫婦は静かに穏やかな日々を送り、人々から敬われながら暮らしましたとさ。

9. 『古典落語』「碁どろ(ごどろ)」

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町内に住む碁好きの隠居が、今日も暇を持て余しつつ、誰か相手が来ないかと待っていた。そこへ現れたのが、見慣れぬ若者。物腰柔らかで、碁も少々打てるというので、さっそく対局が始まる。だがこの若者、素人を装いながらも、じつはかなりの腕前。隠居はまったく歯が立たず、連戦連敗で悔しがる。
それでも勝てぬとなると、人間、腹が立ってくるもので、「今夜こそは勝ってやる」と躍起になる隠居。一方の若者は、飄々としながら碁を打ち、盤上では隠居を翻弄する。

何日か通ううち、若者はすっかり隠居の家に出入りするようになり、対局を終えるとお茶や饅頭をご馳走になる始末。「あんたが来ると碁が打てて嬉しい」と、隠居は上機嫌だが、勝てぬことへの鬱憤も募る。
ある日、近所の者がこっそり耳打ちする。「あの若者、泥棒だって噂がありますよ」。驚いた隠居が問いただすと、若者はしれっと「ええ、泥棒です」と答えるではないか。開き直る様子にあっけに取られる隠居。

驚きつつも、「それでもあんたの碁は見事だ。できればもう一局」と言ってしまう隠居。若者も「碁が打てるなら、泥棒でもよかろう」と応じ、二人は奇妙な関係を続けることに。
だがある夜、若者が碁盤に集中しているすきに、裏から本物の泥棒が侵入する。物音に気づいた隠居が驚くと、若者が立ち上がってその泥棒を捕まえた。どうやら碁に熱中していたため、盗みに来た奴を「商売の邪魔」とばかりに取り押さえたらしい。

駆けつけた町役人に「この若者こそ泥棒です」と隠居が訴えるが、若者は捕まえた泥棒を引き渡し、「人を助けた善人だ」と褒められる始末。結局、「碁が強くて、悪事も憎めぬこの若者、碁どろとして生きるほかあるまい」と、隠居は苦笑い。
こうして、腕は立つが素性の怪しい「碁どろ」は町内に名を知られ、隠居の碁敵として今日も盤を挟むのであった――

20.『日本おとぎ噺』 「かぐや姫」

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昔、竹取の翁(おきな)が山で竹を取っていたところ、不思議に光る竹を見つける。切ってみると、なんと中から小さな女の子が現れた。翁は驚きつつも喜び、女の子を連れて帰り、妻とともに育てることに。やがて娘は美しい少女へと成長し、「かぐや姫」と名づけられた。

かぐや姫の美しさは都中に広まり、多くの貴族が求婚に訪れる。姫はそのすべてに難題を出して断る。「仏の御石の鉢を持ってきて」「火鼠の皮衣を見せて」など、誰にも成し遂げられぬ無理難題。男たちはことごとく失敗し、諦めて去っていった。

夏の終わり、かぐや姫は悲しげな様子で「実は私は月の世界の者、満月の夜に迎えが来る」と打ち明ける。翁は姫を守ろうと、帝に願い出て護衛を付けるが、月の使者は夜空から光とともに現れ、地上の兵も太刀打ちできない。姫は涙をこらえつつ、最後に育ての親に手紙と不老不死の薬を残す。

かぐや姫が去った後、翁は深い悲しみに暮れる。残された帝も、姫への想いを断ち切れず、不老不死の薬を焼かせるために富士の山へ送り届ける。「天に届くほど高い山で焼け」と命じたという。以後、その山を「富士山」と呼ぶようになった。今でもその煙が空へと昇るという。

9.『江戸小咄』「浪人(ろうにん)」①

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時は江戸の町暮れどき、辻々には提灯の灯がゆらめく頃。ある浪人が、世の荒波にもまれつつ、食うや食わずの暮らしをしておった。武士の誇りを胸に抱きながらも、刀を売り、酒に頼り、今や路地裏の長屋暮らし。隣近所も、物静かなその浪人を、どこか気の毒に思いながら、遠巻きに見ていた。

そんな折、長屋の婆さまが風邪で寝込み、薬も買えず困っていた。浪人、それを聞きつけ、何も言わずにどこかへ出かけていった。やがて戻った浪人の手には、薬種屋の包みが一つ。婆さまに手渡すと、「黙って寝ておれ」と短く言い残し、自分の部屋へ引き返した。

その晩、長屋の者たちは浪人の部屋からひときわ澄んだ三味線の音を耳にする。誰もが、「あの浪人が、こんな腕前だったとは」と驚き、聴き惚れた。そして後日、薬種屋の話から、浪人が自らの三味線を質に入れて薬代を工面したことが明らかとなる。「侍の刀は売っても、婆さまの命は売れぬ」と、浪人はつぶやいたという。

やがて婆さまの病も癒え、浪人の噂は長屋から町内へと広まり、ついにはお座敷からの三味線の頼まれごとまで舞い込むようになった。浪人は黙して語らず、ただ静かに三味線を奏でるのみ。――江戸の空に、哀しみと誇りの調べが今日も流れている。

19.『日本おとぎ噺』 「雀とキツツキと山鳩」

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昔々、ある山のふもとの森に、雀(すずめ)、キツツキ、**山鳩(やまばと)**の三羽が仲良く暮らしていました。ある日、「どこかに住むのにちょうどいい場所はないかな」と話し合い、三羽はそれぞれ家を建てることにします。

まずキツツキが、「木を叩くのは得意だぞ」と言って、一生懸命木の中をくりぬいて立派な巣を作ります。次に山鳩は「枝と葉であたたかな巣をつくろう」と、ていねいに材料を運び、小さな枝葉を組んで家を作ります。ところが雀だけは、のんびりと歌いながら遊び歩き、家を作ろうとしません。

やがて秋が来て、冷たい風が吹き始めます。キツツキと山鳩はそれぞれの家であたたかく過ごしますが、雀は寒さに震えながら「助けてほしい」と二羽の家を訪ねます。キツツキは「努力しない者は迎えられない」と断り、山鳩も「自分のことで精一杯」と、渋々ことわります。

仕方なく雀は木の枝で丸くなり、一夜を越します。寒くて辛かったけれど、次の日、雀は「やっぱり自分で頑張らなきゃだめだ」と思い直し、遅れながらも巣作りを始めます。やがて冬が来るころには、小さくてもあたたかな家ができました。春になったとき、三羽はまた仲良く集まり、雀は「次はもっと早く始めるよ」と笑いました。