語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

32.『江戸小咄』の「炮禄売(ほうろくうり)」

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ある夏の盛り、江戸の町を「ほうろく、ほうろく~」と売り歩く男がいた。ほうろく(焙烙)は、素焼きの土鍋で、火を使わず頭にかぶれば暑気払いになるという江戸の知恵。男は暑さにふうふう言いながらも、道ゆく人々に声をかけていた。「ほうろくひとつで涼しくなる、命が助かる一品でござんす!」



だが、なかなか売れぬ。通りすがりの町人も、「そりゃあ頭が煮えるだけじゃねえか」と笑い、子どもらは面白がって後をついてくるばかり。とはいえ、男は飄々としたもので、「いいんです、笑ってもらえりゃ、こちとら涼しい気分になりやす」と、汗をぬぐいながらにこやかに答える。



ある日、熱に苦しむ年寄りの家にふらりと現れた男、そっとほうろくを差し出す。「騙されたと思って、これを頭にのせてごらんなせぇ」。言われるままに年寄りがかぶると、不思議や、風が通るような感触に思わず「あぁ、ありがてぇ……」。これを聞いた近所の者たちが口々に「一つわしにも」と買い求め、たちまち売り切れに。



その夜、路地裏の井戸端で、町内の人々がほうろくをかぶって談笑していた。「効く効かねぇはともかく、こうして笑えりゃ涼しいもんさ」。ほうろく売りの男は、夕焼け空を見上げ、にっこり笑ってひと言。「江戸の暑さも、人情で和らぐもんで――」。
――こうして今日も、江戸の町には、笑いと風情が涼風のように流れていたのでござんす。


73.日本おとぎ噺 「子育て幽霊(こそだてゆうれい)」

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むかし、ある町の飴屋に、夜更けになると一人の女がやって来て、一文銭を出しては「飴をひとつください」と頼んだ。不思議なのは、いつも同じ着物で、顔色も青白く、生気が感じられないことだった。女は飴を受け取ると、静かに町の裏手の古寺の方へと消えていく。店の主人は気味悪く思いながらも、毎晩飴を売り続けた。



何日も続くその訪問に、不安になった飴屋の主人は、ある晩、女の後をこっそりつけてみた。女が入っていったのは、町外れの古い墓地の中の、一つの古い墓だった。驚いた主人はすぐに寺の和尚に相談し、和尚とともにその墓を掘り返してみることにした。



墓を掘り返すと、棺の中には亡くなった若い女の遺体があり、その胸元には生きて泣く赤ん坊がいた。母は死んでいたが、飴を買いに来ては子を育てていたのだと、人々は涙を流した。和尚は赤子を引き取り、寺で大切に育てることになった。



赤子は健やかに育ち、大人になってからも、「自分は母の魂に育てられたのだ」と語り継いだという。母の深い愛情は、死してなお子を守り、飴屋も町の人々もその話を大切に伝えた。――それ以来、「子育て幽霊」として語り継がれることになったのだ。


『宮沢賢治・光と風の物語』 第十三回「グスコーブドリの伝記」第4話 クーボー大博士との出会い/全6話

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赤ひげの主人と別れたブドリは、汽車に乗ってイーハトーヴ市へ向かった。農民たちを苦しめる冷害や旱魃を防ぐ方法を学ぶため、長年、本で親しんできたクーボー大博士を訪ねようと決意したのである。初めて見る大都会の騒音や自動車に戸惑いながら、夕方近く、ようやく古びた白い校舎を探し当てた。



校舎の二階では、背の高い大博士が、大勢の学生を前に大声で講義をしていた。黒い壁には複雑な図が描かれ、櫓のような模型が船やムカデの形へ次々と変化する。学生たちは首をかしげていたが、本を何度も読んでいたブドリには、その内容が面白いほど理解できた。彼は農場で使っていた古い手帳へ、夢中で図を書き写した。



講義後、大博士は希望者のノートを調べ、質問に答えさせた。最後に残ったブドリが古い手帳を差し出すと、博士は正確な図と農業の記録に目を留めた。さらに煙突から出る煙の色や形について質問すると、ブドリは工場生活で身につけた観察を詳しく答えた。博士はその知識と真面目さを認め、「面白い仕事がある」と名刺を渡した。



ブドリが深く頭を下げて教室を出ようとすると、大博士は鞄に本や白墨を放り込み、突然、二階の窓から飛び出した。驚いて窓へ駆け寄ると、博士は小さな飛行船を操り、夕暮れの町の上を飛んでいた。博士から託された名刺は、ブドリを火山局という新しい仕事へ導くものだった。苦労の中で学んだ知識が、ついに未来への扉を開いた。


31.『古典落語』「大安売り(おおやすうり)」

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浅草の商い通り、今日も人波でにぎわっておりやす。なかでもひときわ賑やかな声がするのは、新参者の荒物屋。店先には“本日限り! 大安売り!”の大きな札がひらひら。若い店主が威勢よく声を張り上げ、桶だの笊(ざる)だの、何でも五文、十文で売ると聞いて、町内の婆さま方が群がっておりやす。



さて、その値の安さたるや尋常じゃねぇ。ひとつ五十文はくだらねぇ洗面桶が、たったの七文。通りすがりのご隠居が訝(いぶか)って近づき、「なんでそんなに安いんで?」と問えば、若旦那はにこりと笑って「うちの親父の遺言でね、“儲けは度外視、客に喜ばれろ”ってんです」と、いかにも孝行息子の面持ち。なるほどと納得した町人たち、次々と品を買い込んでゆく。



しかしご隠居、どこか引っかかる。商品をよく見ると、洗面桶の底に穴が空いていたり、笊の編み目が甘くて米がこぼれる。なるほど“訳あり品”ってわけで。しかも一度売ったら返品お断り。若旦那は言い抜けの達者で、「いやいや、それも味ですよ。江戸っ子なら気にしない」と煙に巻く。買った婆さま方も、苦笑いしながら「しょうがないねぇ、安かったんだから」と引き下がる。



後日、ご隠居がもう一度その店を訪れると、なんと若旦那は別の顔で、「今日は訳なし! 正真正銘の品揃え!」と叫んでる。今度はちゃんとした商品らしく、客の評判も上々。「こちとら、最初は顔を売る“撒き餌”だったんですよ」と若旦那が笑えば、ご隠居も「こりゃ一本取られたな」と肩をすくめる。
――江戸の町じゃ、たとえ一杯食わされても、相手がうまけりゃ拍手も出やす。笑って損して、また明日も来る。それが、江戸っ子の“粋”ってもんでござんす。


72.日本おとぎ噺 「猿神退治(さるがみたいじ)」

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昔むかし、ある山里に「猿神(さるがみ)」と恐れられる巨大な猿が棲んでいた。その猿神は毎年、村に若い娘を一人差し出すように命じ、人々は恐怖におののきながら従っていた。今年もまた、くじで選ばれた娘が猿神のもとへ捧げられることになり、村中が涙にくれていた。



そこへ旅の若者が通りかかり、事情を知って怒りをあらわにする。「人の娘を捧げるとは何事だ!」と。村人たちは驚きつつも、力自慢のその若者に一縷の望みをかけ、猿神退治を託すことになった。娘は涙ながらに「どうか、ご無事で…」と彼に白い布を手渡した。



夜が更け、若者は娘の身代わりとして山奥の社に身を隠す。すると、大猿が姿を現した。目は血走り、牙をむき出しにして吠える。若者は槍で立ち向かい、激しい死闘の末、とうとう猿神を討ち果たした。山は静まり、闇に潜んでいた精気も消え失せた。



若者が猿神の首を持って山を降りると、村人たちは歓声を上げて迎えた。それ以後、山からの災いはぴたりと止み、若者は村に迎え入れられた。村人たちは猿神を祟り神として祀り、若者の勇気を語り継いだという。春の山には、猿神を鎮める小さな祠が今も残っている。