語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「おにぎり」

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先日、コンビニに立ち寄っておにぎりの棚を見た私は思わず目を疑った。梅も鮭もツナも、気がつけば一個二百円近い。海苔が高いのか、米が高いのか、それとも具が高いのか。テレビでも「おにぎり高騰」の話題を取り上げていたが、昔は子どものおやつだったおにぎりが、今や高級食材の仲間入りをしたように見えた。



そういえば以前、安いおにぎりを売るスーパーを教えてもらったことを思い出した。期待して午後に出かけたが、棚は見事に空っぽ。「本日分は売り切れました」の札だけが残っている。やはり安いものには人が集まるらしい。私は肩を落としながら帰宅し、「世の中うまい話はないな」とつぶやいた。



翌朝、「今度は開店と同時に行ってみよう」と早起きしてスーパーへ向かった。すると棚には山のようなおにぎりが並んでいる。値札を見ると七十七円、九十七円。思わず何個も買い物かごに入れた。家に帰って食べてみると、米もふっくら、具もしっかり入っていて十分おいしい。昨日の落胆が嘘のようだった。



私が得意げに妻へ報告すると、
「同じおにぎりなのに、ずいぶん安かったぞ」
すると妻は笑いながら言った。
「おにぎりが高級なんじゃないのよ。あなたが買う時間が高級だったの」


なるほど――コンビニとスーパーの差だと思っていたが、一番値段が高かったのは、どうやら私の寝坊だったらしい。


33.日本おとぎ噺 「猿地蔵(さるじぞう)」

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昔、貧しいが心の優しいおじいさんと、おばあさんが山里に住んでいました。ある冬の日、おじいさんは山へ薪を取りに行きましたが、大雪で道に迷ってしまいます。寒さに震えていると、ふと目の前に古びた地蔵さまが現れました。おじいさんはその地蔵に「助けてください」と手を合わせ、しばらくそばに座って雪をしのぎました。



夜になると、山奥から猿の群れが現れました。彼らは不思議と人語を解し、おじいさんに「地蔵を大事にした者には福がある」と言って、食べ物や金銀財宝を与えてくれたのです。朝になると、猿たちは跡形もなく消えていました。おじいさんは荷物を背負って、無事に帰ることができました。



村に帰ったおじいさんは、村人にその話をしました。それを聞いた欲張りなおじさんが「俺も宝をもらってやる」と言って、わざと地蔵の前で寝たふりをしました。するとまた猿たちが現れたのですが、おじさんは「宝をよこせ」と怒鳴ってしまいます。猿たちは驚き、怒って、おじさんに木の実を投げつけて追い払ってしまいました。



その後、おじいさんは手に入れた財を使って村の人たちに分け与え、地蔵を立派に建て直しました。村人たちは地蔵さまへの感謝の心を忘れず、春には花を、冬には衣を供えるようになりました。猿たちは再び現れることはありませんでしたが、人々の心にはいつまでもその優しさが残ったといいます。


14.『古典落語』「藪入り(やぶいり)」

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江戸の町に、盆と正月だけ奉公人が休みをもらって実家に帰る「藪入り」の風習あり。ある長屋、堅気な職人の父親と、口数の少ない母親のもとへ、久々に一人息子・亀吉が帰ってくる。町の連中も「亀坊が帰ってくる日か」と噂するほど、親の喜びようはひとしおで、前の晩から母親は赤飯を炊き、父親は風呂を焚いて待ちわびていた。



朝早く、亀吉が姿を現す。丁稚の姿にすっかり板がつき、すらりとした青年に成長している。母は涙ぐみながらも嬉しそうに身の回りの世話を焼き、父親は表情に出さぬまでも、内心浮き立っている。やがて三人でちゃぶ台を囲み、久しぶりの団らんが始まる。亀吉の奉公先の様子、旦那と奥様のこと、仲間の話など、ぽつぽつと語られる。



そんな中、父親がふと尋ねる。「…悪いこと、してねぇか?」。亀吉はしばし黙り込み、やがて懐から一つの巾着袋を取り出す。「実は…仲間の金を盗った小僧がいて、あっしがそれをかばって、旦那様に殴られました。でも――あの子には、あっしがしてもらったように、誰かがかばってやらねぇと…」と語る。父は無言でそれを聞き、ぽつりと「…立派になったなぁ」と涙ぐむ。



夜が更け、息子は早めに休む。夫婦は寝間で静かに話す。母は「亀が立派になって…嬉しいねぇ」と涙ぐみ、父はしばらく無言ののち、「あいつが帰って来た甲斐があったよ」と呟く。明け方、再び奉公先へ戻る亀吉を、両親は玄関先で見送る。短いひとときながらも、親子の情が深く結ばれた一日。江戸の町の空には、藪入りの朝焼けが静かに染まっていた

――。


②.「私の与太話」の「高市さん」

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テレビを見ておりますと、高市さんはなかなか人気があるそうでございます。私は首をかしげました。「なぜそんなに支持されるのだろう」。強い国、防衛力、経済成長――耳ざわりの良い言葉が並びます。しかし私は、強さばかりを求めると、どこか危うい道へ向かうのではないかと心配になるのでございます。



歴史を振り返れば、平和な時代が長く続くほど、人々は頼もしい指導者を求めます。「もっと強く」「もっと豊かに」と期待が集まるのでございます。すると軍備を整え、産業を育て、国の力を誇ろうとする。最初は誰も戦争を望んでおりません。それでも少しずつ緊張が高まり、隣国との競争が始まるのでございます。



やがて国と国が張り合い、「負けてはならぬ」と意地を張るようになります。強さを求めたはずが、不安まで大きくなってしまう。歴史にはそんな例が幾つもございました。勝つつもりで始めた競争が、気がつけば誰も得をしない争いになる。人類はそのたびに反省するのですが、しばらくするとまた同じことを繰り返しているようにも見えるのでございます。



私は考えました。「人類は本当に歴史を繰り返す宿命なのだろうか」。すると家内が言うのです。「あなたも毎年『今年こそ痩せる』と言ってるじゃない」。なるほど、人類の歴史は大きすぎて分かりませんが、少なくとも私は何十年も同じ失敗を繰り返しております。世界平和を心配する前に、まず私の腹回りが“歴史を繰り返さない”ようにせねばなりませんな。


32.日本おとぎ噺 「力太郎(ちからたろう)」

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むかし、ある村に年老いた夫婦がいた。ふたりは貧しいながらも仲睦まじく暮らしていたが、子どもがいないのが長年の悩みだった。ある日、婆さまが垢(あか)だらけの体を洗いながら、「この垢で子ができたらいいのに」とつぶやいた。すると、その垢から人の形をした赤ん坊が現れた。「おお、こりゃ力太郎じゃ!」と名づけ、ふたりは大喜びで育てることにした。



力太郎は日を追うごとに大きく、たくましくなった。わずか数年で大男となり、山を背負い、川をまたぐほどの怪力に。だが、村の中ではもうすることもなくなり、「この力を人の役に立てたい」と、力太郎は旅に出ることを決意する。爺さま婆さまに別れを告げ、布のふんどし一枚で旅立つ姿は、誇らしくもさびしいものだった。



旅の途中、力太郎は、牛を軽々持ち上げる「牛の権太(ごんた)」、大岩を砕く「岩の三太(さんた)」と出会う。互いの力を認め合い、三人は兄弟のように結ばれた。やがて、人々を苦しめる鬼が住むという山の村にたどり着く。「こりゃ退治するしかねぇ」と三人は団結し、鬼の棲む洞窟へ向かう。鬼は三つ目で、棍棒を振り回す恐ろしい姿だったが、力太郎たちは恐れずに立ち向かった。



力太郎と仲間たちは力を合わせ、鬼を見事に退治した。村人たちは歓喜し、三人を英雄として迎える。力太郎は「これからも人のために力を使う」と約束し、村にしばらくとどまることにした。いつしか名は他の村にも広まり、遠くの町からも助けを求める者が現れるようになった――力は人を苦しめるためではなく、助けるためにある。その思いを胸に、力太郎の旅は続くのだった。