語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

14.『江戸小咄』「剣術指南所(けんじゅつしなんしょ)」

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江戸の町の裏手に、ひっそりと佇む一軒の剣術指南所があった。看板には「一刀流指南」とあり、師範の政五郎(まさごろう)は齢五十を越すが、今も竹刀の音高らかに稽古をつけていた。腕は確かと評判ながら、最近は門弟も少なく、ひとりの若者が通うのみ。町人たちは「もう時代じゃねえ」と囁くも、政五郎は黙々と日々を鍛錬に捧げていた。



ある日、ひとりの若侍風の男がふらりと門を叩く。名は名乗らず、ただ「剣の手合わせを」と告げる。政五郎は年の功を笑われてはならじと、快く引き受けた。立ち合いが始まると、竹刀が火花のごとく舞い、静けさに満ちた道場に凛とした気が立ち込める。だが政五郎は、手応えに何か違和感を覚える――相手の打ち込みには、妙な優しさがあったのだ。



勝負がつく。僅差で政五郎の勝ち。「なかなかの腕前、名を伺いたい」と問えば、若者は頭を下げて言う。「拙者、かつて先生の門弟でござった者――今は幕府の御留守居役の指南役を仰せつかっております」。政五郎は目を丸くし、「おぬしか……あの時の小僧か」と微笑む。かつて涙を流しながら稽古についてきた少年が、いまや立派に成長していたのだ。



別れ際、若者は静かに道場の柱に手を当て、「この柱、昔のままですね」と懐かしむ。そして懐から包みを取り出し、「これを弟子たちのために」と新しい竹刀十本を置いていく。政五郎はそれを見つめながら、しみじみと空を見上げた。「まだまだ、わしも捨てたもんじゃねえな」。
――江戸の片隅、剣の道に生きる男の誇りが、静かに揺れていた。


31.日本おとぎ噺 「龍の淵(りゅうのふち)」

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むかし、山奥の村に、大きな淵(ふち)がありました。村人たちは「龍の淵」と呼び、決して近づきませんでした。というのも、その淵には、龍が棲んでいるという古い言い伝えがあったからです。ある年の夏、淵のそばの田んぼで農作業をしていた若者が、ふと水面に美しい光を見つけました。それはまるで龍の鱗のように、きらきらと揺らめく光だったのです。



その晩、若者は村人たちにその光の話をします。「あの淵にはやはり龍がいるのではないか」と、村人の間で噂が広まりました。するとある晩、村中に雷鳴がとどろき、激しい雨が降り出し、淵から光の柱が立ちのぼったのです。村の長老は語りました――「昔、龍神を祀る祠があったが、戦で焼けてしまった。怒りを買ったのかもしれん…」。



村人たちは恐れおののきましたが、若者はふと思い立ちます。「もし本当に龍が怒っているのなら、祠を建て直そう」と。皆の協力を得て、山の神木を使って小さな祠を再建し、龍の淵の近くにそっと祀りました。若者は米や塩、果物などを供え、龍に向かって手を合わせて願います。「どうか村をお守りください」。



それからというもの、淵の光は消え、雷雨も起こらなくなりました。村には再び平穏が戻り、稲もよく実るようになりました。村人たちは、祠に感謝を込めて祭りを開くようになり、龍の怒りが鎮まったことを喜び合いました。時折、淵の水面にやさしく光る波紋が現れ、誰かがそっと見守っているようにも思えたのです――。


「私の与太話」「映画・国宝をみて」

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映画『国宝』を見た。まず最初に申し上げたいのは、主演お二人の演技に対する率直な賞賛である。芸に取り憑かれた者の執念、栄光と挫折の苦しみ、人間の業とも言うべき感情の揺れを見事に表現していた。映像も美しく、舞台場面には思わず息をのむ迫力があった。一本の映画として十分に見応えがあり、最後まで引き込まれたことは認めなければならない。

しかし感動と同時に、どうしても引っかかる部分もあった。物語の中心となる刺青をしたやくざの若者が、類いまれな才能を見出されて歌舞伎の世界へ入っていく設定である。もちろん映画はフィクションだから自由な発想は許される。しかし伝統芸能の世界には独自のしきたりや世間体があり、現実にはいくら才能があっても簡単に受け入れられるものではないだろう。才能だけで越えられない壁があるからこそ、歌舞伎の世界は特殊なのである。

さらに大名跡を背負う主役が倒れた後の展開にも違和感を覚えた。本来なら代役にはまず実子が立つ。たとえ芸が未熟でも、家を継ぐ者として舞台に立たせるのが歌舞伎の論理ではないか。ところが映画では部屋住の人物がその座を得る。劇としては盛り上がるが、現実味には欠ける。また、公演を成立させるために奔走する興行者や後援者の存在もほとんど描かれない。華やかな舞台の裏には多くの人々の思惑と責任があるはずだが、その部分は都合よく省略されているように見えた。

考えてみれば、この作品は歌舞伎界の記録映画ではなく、芸に人生を捧げた男たちの宿命を描く物語なのであろう。現実の制度や慣習よりも、才能と情熱が勝つ世界を描きたかったのだと思う。だから細かな矛盾をあげつらうのは野暮なのかもしれない。それでも私には最後まで納得しきれない部分が残った。もともと私は女形が好きではない。女形は女性を演じているというより、「女形」という独自の様式を演じているように見えるからだ。そんな偏屈な見方をする人間が歌舞伎映画を論じているのだから、最初から公平な観客ではなかったのかもしれない。

オチ:

結局のところ、『国宝』の最大のフィクションは、やくざの若者が歌舞伎役者になったことではない。女形嫌いの私が最後まで席を立たず、しっかり感動してしまったことの方である。

13.『古典落語』「のめる」

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江戸の町、酒好きで知られる八五郎が、長屋仲間に「おれは酒にめっぽう強い」と吹聴する。誰もが「八っつぁんはのめる(=呑める)」と太鼓判を押すほどの酒豪だ。ある日、ご隠居が「本当にどれだけ呑めるのか、一度試してみたいもんだねぇ」と呟いたのがきっかけで、皆の前で“のめる”実力を披露することに。



町内の一杯飲み屋に席を設け、「さあ呑んでごらん」と皆が見守るなか、八五郎はぐいぐい酒をあおる。最初は陽気に噺をしながら進んでいたが、盃が進むにつれ顔が赤くなり、言葉も怪しくなってくる。だが本人は「まだまだいける、のめるんだ」と強がる。見物人たちは「こりゃ酔ってるぞ」「もうやめとけ」と心配するが、八五郎は止まらない。



やがて八五郎、ついに足元もおぼつかず、箸もうまく握れず、「のめる、のめる」と繰り返しながらも、顔は真っ赤。とうとう天井を見上げながら「……の、のめる……」と呟き、そのままゴロンと大の字に倒れる。皆は呆れつつも大笑い。「のめるんじゃなくて、“のまれた”じゃねぇか!」とツッコミが飛ぶ。



翌朝、頭を抱えて目を覚ました八五郎。ご隠居が茶を差し出しながら、「どうだい、昨日の“のめる”ぶりは」と笑う。八五郎は苦笑いしながら「いやぁ、のめるにはのめたが、翌日がつらい。これが“のむってこと”かねぇ」とボソリ。江戸っ子の見栄と笑い、そして“呑んべぇ”の哀愁がにじむ一席。長屋には今日も、笑い声がこだまする―


30.日本おとぎ噺 「牛若丸(うしわかまる)」

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昔々、京の町の外れに、**牛若丸(うしわかまる)という美しい少年がいました。牛若丸は、亡き父の志を胸に、山深い鞍馬寺で修行の日々を送っていました。ある晩、山の杉林で剣の稽古に励んでいると、赤ら顔に長い鼻の大天狗(だいてんぐ)**が現れ、「お前に秘剣を授けよう」と告げます。こうして、牛若丸は空を飛ぶ術や身のこなし、剣術を天狗たちから学び、類い稀な武芸者へと育っていくのです。

時が経ち、牛若丸は山を下り、京の町へと戻ってきます。母の待つ家に戻った彼は、夜ごと剣の稽古を続けながら、心に誓いを抱いていました。「この剣は、弱き者を守るために振るおう」と。そして、ある夜――月の明るい晩のことです。**「京の五条の 橋の上♪ 牛若丸は 弁慶と〜」**という今に伝わる歌の通り、橋の上に、大きな武者・弁慶が立ちふさがりました。「千本目の太刀を奪ってやる!」という弁慶に、牛若丸は涼しい顔で立ち向かいます。

弁慶は太く重い薙刀をふるいますが、牛若丸は風のように舞い、軽やかにかわしてゆきます。やがて、牛若丸の一太刀が弁慶の肩を打ち、薙刀が地に落ちました。敗れた弁慶は地にひざまずき、「これほどの者が世にいようとは…。この命、お前に預け申す」と言います。牛若丸はにっこりと笑い、「では、共に歩もう。そなたの力、頼りにしているぞ」と言いました。かくして、二人は主従の誓いを交わすのです。


それからというもの、牛若丸と弁慶は、いつも一緒。都の人々は、五条の橋で見かける二人を「まるで月と岩」と噂しました。牛若丸はやがて、世に名を上げる運命にありますが、それはまた別の話。――こうして、山の天狗に鍛えられ、橋の上で弁慶と出会った牛若丸の物語は、京の町から町へと語り継がれ、今も子どもたちの夢に生きているのです。