35.『古典落語』「あくび指南(あくびしなん)」
春の午後、陽気に誘われて江戸の若旦那がぶらりと出かける。道すがら、「あくびの指南所」という珍妙な看板を目にし、好奇心から中へ入る。出てきたのは歳の頃五十ばかりの渋い男。「あくびを教える?冗談じゃねぇ」と思いつつも、話のタネにと指南を受けてみることに。

指南役、「まずは自然に、心から眠くなるように」と語り始める。最初は胡散臭く思っていた若旦那も、語り口と雰囲気に呑まれ、だんだん本当に眠くなってくる。「では町人風から、武家風、奥方風のあくびへ」と段階を踏みつつ指南が続き、若旦那は「ふぁぁ~」と大あくび。指南役は「そう、それが“品のある”あくび」と、いかにも真面目に褒める。

そのうち、指南役自身もつられてあくびを連発。気がつけば二人とも、ごろりと横になり、昼下がりの縁側でうたた寝。通りを行く猫が日なたで毛づくろいし、遠くからは飴売りの声。江戸ののんびりとした空気に包まれて、二人のいびきが心地よく響く。

日も傾き、若旦那が目を覚ますとすでに夕暮れ。指南役も眠気まなこで、「究極のあくび指南とは、これじゃな」と笑う。若旦那は指南料を置いて、「いやはや、粋な習いごとでした」と一言残して帰ってゆく。くだらなさの中に粋が光る、江戸っ子の洒落と余裕が香る一席であった。

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