35.『江戸小咄』「唐様(からよう)」
ある町の若旦那、教養が自慢で、漢文や唐詩をすらすらと書くのが得意。長屋の者たちは「唐様の若旦那」とあだ名をつけて、感心半分、からかい半分で見ていた。
ある日、その若旦那が書道の披露として、立派な掛け軸を長屋に見せに来る。「天高く馬肥ゆる秋」など、見事な筆致に皆ため息――だが、意味は誰もよく分からない。

そこへ現れたのが、与太郎。漢字はおろか、ひらがなすら怪しいが、口は達者。「これ、なんて書いてあるんで?」と尋ねると、若旦那は得意気に講釈を始める。「これは中国の故事から取ったもので……」と長々語るが、与太郎はぽかんと聞いているだけ。

とうとう与太郎、腕を組んでうなずきながら一言。「なるほど、で、何が言いたいんで?」
若旦那は言葉に詰まる。「いや、その……風雅を楽しむというか……趣が……」と曖昧な説明に終始。
長屋の連中はくすくすと笑い、「唐様も、与太の一言にゃ敵わねぇ」と小声で囁き合う。

やがて若旦那は姿を見せなくなり、唐詩の掛け軸も話題にのぼらなくなった。
だが長屋では、今もなお与太郎の「何が言いたいんで?」が語り草。「教養も結構だが、肝心なことが伝わらねぇと、ただの飾りだねぇ」
――江戸の町には、学も粋も笑いの中に生きていたのでござんす。

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