語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

20.『江戸小咄』の「新五左殿(しんござどの)」

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町で評判の武士、新五左衛門殿――略して「新五左殿(しんござどの)」と呼ばれる男。
剣術にすぐれ、立ち居振る舞いも見事で、町娘たちの憧れの的。
町人たちも「新五左殿にゃかなわねぇ」と舌を巻く、粋で気風のいい人物であった。



ある日、新五左殿が長屋の前を通ると、子どもたちが竹刀でチャンバラごっこをしていた。
「やいやい、悪党め!成敗してくれる!」
その元気さに笑みを浮かべた新五左殿、「よし、拙者も参る!」と竹刀を抜いて加わる。
町の者たちが面白がって集まり、大の男が子らと真剣に遊ぶ様子に拍手喝采が起こる。



そこへ通りかかったのは、隠居した元同心のご隠居。
「へぇ、新五左殿もなかなかのお役立ちぶりで」
しかしご隠居はこっそり言った――
「だがな、あの人、じつは侍じゃねえんだ。元は大道芸人の座頭だったんだよ」
「へぇ!?じゃあ、あの立ち居は?」
「若い頃、芝居の修行をしてたのさ。ま、人を喜ばせる芸は、本物の武士にだって劣らねぇよ」



町の者たちは目を見張るが、新五左殿は変わらず笑顔で子らと遊ぶ。
「いいじゃねぇか。侍じゃなくたって、あんなに粋で立派な人もいねぇよ」
その夜、長屋の前に提灯が一つ灯る。
「新五左殿 竹刀指南処」――
笑いと稽古と、ちょいとした小粋が交差する、江戸の一隅に、新しい風が吹いていた。


45.日本おとぎ噺 「古屋のもり(ふるやのもり)」

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ある夜のこと。村はずれの古びた家に、老夫婦が二人きりで暮らしていた。そこへ嵐が来て、雨がざあざあ降る晩。戸をたたく音に驚いて出てみると、そこには泥だらけの泥棒が。なんとこの古屋に忍び込もうというのだ。だが、家があまりにもぼろくて何も盗るものがないとわかると、泥棒は屋内に入り、火鉢のそばで老夫婦と一緒に雨宿りを始めた。



と、そのとき天井の上から「ギイッ」と音がした。「なんだ?」と顔を見合わせる三人。「ふるやのもりじゃ…」と老人がつぶやく。泥棒も、婆さんも「ふるやのもりって何だ?」と青ざめる。が、誰も正体を知らず、勝手に「恐ろしい怪物に違いない!」と怯えだす。



「逃げよう!」と泥棒はまず飛び出す。老夫婦も続いて古屋を飛び出し、皆、転びながら逃げていく。逃げる途中も「ふるやのもりが来るぞ!」と叫びあい、村の方へ走り去る。すると、実は屋根裏にいたのは、猫だった。屋根の木がきしんで音を立てただけだったのだ。



朝になり、村人たちが集まり「ふるやのもりとは何だ?」と噂するが、結局それが何なのか誰にもわからなかった。そしてその後、「ふるやのもり」は、村の子どもたちをおどかす言葉として語り継がれていったという。


19.『古典落語』「文七元結(ぶんしちもっとい)」

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本所に住む左官の長兵衛(ちょうべえ)は、腕はよいが博打好き。ある日、ついに身代をすっかりすってしまい、女房もあきれ顔。娘のお久(おひさ)は吉原に身売りしようとするが、これを知った長兵衛はさすがに胸を打たれ、「明日には金を持ってくるから」と約束し、金策に走る。ようやく吉原の女将・お駒にすがり、五十両を借りることに成功するが、途中、浅草橋近くで一人の若者が川に身を投げようとする現場に出くわす。



止めに入った長兵衛が話を聞けば、その若者・文七(ぶんしち)は日本橋の髪結いの職人で、店の金五十両を失くし、死ぬしかないと思い詰めていたという。長兵衛は驚きながらも「命あっての物種だ」と言い、なんと、借りたばかりのその五十両を文七に渡してしまう。「おれは人の命を救ったと思えばいい」と江戸っ子の義理と侠気で突っぱねる。



家に戻った長兵衛は、女房に金を渡せなかった事情を話すが、当然ながら夫婦げんか。そこへ突然、あの文七が現れ、主人と一緒に五十両を持参して頭を下げる。文七は無事に金を返し、命も救われた恩義から「どうか奉公に使ってほしい」と申し出る。長兵衛は驚きつつも、男気に感じ入り、文七を快く迎え入れる。



月日がたち、長兵衛一家は文七の働きもあり暮らし向きがよくなる。お久も吉原に売られることなく無事に育ち、やがて文七と祝言をあげることに。人の情が人を救い、義理が巡って幸せとなる――。江戸の空に粋と人情がしみわたるような、あたたかな幕引きである。


44.日本おとぎ噺 「絵姿女房(えすがたにょうぼ)」

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昔、ある村に若者の絵師が住んでいた。腕は立つが貧しく、妻も子もいなかった。ある日、絵師はふと「理想の女性を絵に描いてみよう」と思い立つ。思いを込めて描いたその女の絵は、優しく微笑む美しい姿だった。絵師は日に日にその絵に惹かれていき、「こんな女房がいたら」と話しかけるようになった。



ある夜、絵師がうたた寝をしていると、誰かが戸を叩く音がする。不思議に思いながら戸を開けると、そこには絵に描いたそのままの美しい女が立っていた。「絵師さま、どうか私をおそばに」と語る女。驚く絵師だったが、女を迎え入れる。以来、二人は夫婦のように暮らし、絵師の生活も豊かになっていく。



村人の間でも「絵師の家に、たいそうな女房がいる」と噂になる。ある日、絵師が外出中に、近所の者が女を訪ねて来る。女は応じるが、その直後、姿を消してしまう。絵師が戻ると、女の姿はなく、屏風の中の女の絵もまた空白になっていた。絵師は声を上げて泣き崩れる。



その後、絵師は再び絵を描くことはなくなったが、屏風は大切に飾られていた。誰も近づこうとせず、絵師も一人静かにその前で暮らし続けたという。村人たちは、「あの絵には、魂が宿ったのだ」と語り継ぎ、やがて女を“絵姿女房”と呼ぶようになった。


19.『江戸小咄』「田舎者(いなかもの)」①

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ある日の夕暮れ、江戸の町にひとりの田舎者がやって来た。
浅草から上野を回り、物見遊山に心を躍らせながら、粋な町人たちの行き交う姿にいちいち感心していた。
「江戸はなんと華やかなことか」と、彼は目を丸くして歩き回る。



ふと目に入ったのは、店先で職人が器用に飴細工を作る光景。田舎者は感嘆の声をあげる。
続いて立ち寄ったのは、香具師(やし)の口上に人だかりができる見世物小屋。そこでも手を叩いて笑っていた。
町の人々の早口にも驚き、露天の品の多さにも目を輝かせる。



「そっちは通らねぇでくだせぇ」「ちょいと、どいておくんな」――早口な江戸弁にあたふたする田舎者。
「こちとら、せっかちなんでぇ!」と怒鳴られ、すっかりしょげてしまう。
やがて、立ち寄った茶店でも「いらっしゃい!」と大声で迎えられ、腰を抜かさんばかりに飛び上がる始末。



「そっちは通らねぇでくだせぇ」「ちょいと、どいておくんな」――早口な江戸弁にあたふたする田舎者。
「こちとら、せっかちなんでぇ!」と怒鳴られ、すっかりしょげてしまう。
やがて、立ち寄った茶店でも「いらっしゃい!」と大声で迎えられ、腰を抜かさんばかりに飛び上がる始末。