語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

48.日本おとぎ噺 「大工と鬼六(だいくとおにろく)」

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昔、ある山奥の村に名の知れた腕の良い大工がいた。ある日、その大工が山を越えて寺の橋をかけに行く仕事を請け負うことになったが、橋の工事は難しく、なかなかうまくいかない。困り果てた大工が山の中でため息をついていると、突如として真っ赤な顔の大男が現れた。なんとそれは鬼だった。鬼は「橋を一晩で完成させてやる。ただし完成したら、お前の目玉をよこせ」と言う。大工は悩みつつも、仕事を果たすためにその約束をのんだ。



翌朝、目を覚ました大工が現場に行くと、見事な橋がかかっていた。木の継ぎ方も見事で、人間業とは思えぬ出来栄えだった。大工は驚きながらも、恐怖に震える。「約束どおり、目玉をいただこう」と鬼が現れたとき、大工はとっさに「名前を言い当てられたら目玉をやろう」と言う。鬼は面白がって了承した。大工は山に住む者から鬼の名を探ろうとするが、誰も知らない。困った大工が谷あいの道を歩いていると、岩の隙間から鬼の妻の声が聞こえた。「鬼六、鬼六、橋をかけた褒美に、今夜は目玉が手に入るねぇ」。そのとき初めて鬼の名が「鬼六」と知れる。



橋の完成を喜ぶ村人たちの中、大工は再び鬼六と対峙する。「さあ、目玉をよこせ」と言う鬼六に、大工は落ち着いて言った。「お前の名は鬼六だろう?」驚いた鬼は「なぜそれを!」と叫び、しばらくして、くやしそうにその場を立ち去った。こうして、大工は命をとられずに済んだ。



その後、大工はこの話を人々に語り、「知恵で鬼を退けた男」として評判となった。鬼六はというと、それ以降、山にこもって出てこなくなったという。橋は今も残り、人々は「鬼六橋(おにろくばし)」と呼んで、子どもたちにこの昔話を語り継いでいる。


21.『江戸小咄』の「雪隠(せっちん)」

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長屋暮らしの与太郎(よたろう)、近ごろ読書に目覚めたと、大家に自慢げに話す。
「本ってのは、えれぇもんですねぇ」と言いながら、小脇に抱えていたのは、どこか古びた冊子。大家がちらと覗けば、なんとそれは、雪隠(せっちん)=便所の貼り紙ではないか。



「お前さん、こりゃ“用足し”のとこに貼るもんだぞ」と大家が呆れると、与太郎は「いえ、字がきれいだったんでね、ちっと真似して書き取りしてるんです」と至って真剣。
「なるほど、学問に道はねぇってぇが、便所の張り紙に手習いとは」と、周囲の住人たちも苦笑する中、与太郎はまじめに筆を走らせる。



ある日、近所の子どもが「せっちんの貼り紙がなくなってる」と大騒ぎに。
大家が調べに行くと、例の貼り紙は与太郎の部屋にちゃんと保存されていた。しかも、手本として何枚も丁寧に写した習字とともに。
「この『用足すべからず』って文句、すごく味がありまして」と得意げな与太郎。思わず大家も「そこまで愛されるとは、便所の神様もびっくりだな」と呟く。



その後、与太郎は近所の子どもたちにも字を教えるようになり、「雪隠先生」と呼ばれるように。
長屋の裏手、物干し場の隅っこで、今日も「用足すべからず」の貼り紙を前に、真剣に筆をとる姿に、町の人々はあたたかな笑みをこぼす。
――江戸の町では、学びの道もまた、どこに転がっているかわからない。雪隠にだって、粋な教えが潜んでいたのでござんす。


47.日本おとぎ噺 「雷さまと桑の木(かみなりさまとくわのき)」

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ある夏の日の午後、村の空がにわかにかき曇り、大きな雷がとどろいた。村人たちは驚いて家に飛び込むが、一人の男だけが畑仕事を続けていた。その男の畑の真ん中には、古びた大きな桑の木があり、男はその木が代々の守り木だと信じていた。



ある夏の日の午後、村の空がにわかにかき曇り、大きな雷がとどろいた。村人たちは驚いて家に飛び込むが、一人の男だけが畑仕事を続けていた。その男の畑の真ん中には、古びた大きな桑の木があり、男はその木が代々の守り木だと信じていた。



数日後、再び激しい雷雨がやってくる。今度は男の畑に雷が一発も落ちず、周囲だけがぬかるむ中、その桑の木の周りだけがカラリと乾いていた。不思議に思った村人たちに男が「雷さまを助けたんだ」と語ると、皆は口々に「ありがたい木だ」と感心する。



それからというもの、その桑の木は「雷よけの木」として大事にされ、村人は落雷のたびにそこへ集まって祈るようになった。木も大きく育ち、雷さまと男の縁は、代々語り継がれていったという。


20.『古典落語』死神(しにがみ)

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ある日、金もなく仕事もなく、死ぬ覚悟を決めた男のもとに、不気味な老人がふと現れる。「お前のような男を待っていた」と言い、男を「死神」と名乗って話し始める。曰く、この世には寿命を迎える人間に付き添う死神がおり、その死神が頭の方に立っていれば命は助かるが、足元に立っていれば助からぬ運命。だが、もし頭に死神が立っている病人を見分けて助ければ、大金が手に入る――そう囁く死神に導かれ、男は「命を売る商売」へと足を踏み入れることになる。



男は死神に教えられた呪文と動作を使い、次々と重病人を「奇跡的に」回復させ、一躍評判の「名医」に。長屋では「ありがてぇ先生様」と呼ばれ、贅沢三昧の日々を送る。だが、その裏には、人の死と隣り合わせの危うい綱渡り。男は次第に、死神の力に酔いしれ、己の手で生死を操っているような錯覚を覚え始める。



ある日、大店の旦那の一人娘が重い病に伏し、男に白羽の矢が立つ。駆けつけてみれば、死神は娘の足元に立っていた――本来なら諦めるしかない。だが、金に目がくらんだ男は、死神を欺こうと細工を弄し、寝台の向きをそっと変えてしまう。これで頭の方に死神が来る、と呪文を唱えようとしたその瞬間、背後に気配が。振り向けば、さきほどの死神が血相を変えて睨んでいた。



怒れる死神は男を地下の洞窟に連れ去る。そこには、無数の灯心が燃え、消えかけている者もいれば、今まさに燃え尽きんとするものもある。死神は言う、「これがお前の命の灯だ」と。見ると、自分の灯火は小さく、今にも消えそう。慌てた男が「灯芯を継ぎ足せないか」と懇願すると、死神は一本の蝋燭を渡す。だが手元が狂い、灯芯は倒れて消えてしまう。――男は叫び声をあげながら、闇の中へと吸い込まれていく。

こうして、江戸の片隅に現れた「命を売る男」は、己の欲に呑まれ、死神に呑み込まれていった。金も名誉も幻。人の命を玩んだ報いが、静かに幕を閉じる。


46.日本おとぎ噺 「小太郎と母龍(こたろうとははりゅう)」

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信州の山深く、小太郎という名の少年がひとり母と暮らしていた。母は物静かで、何かを隠しているような雰囲気をまとっていた。父のことを聞いても「遠い山の神様」としか教えてくれず、少年は不思議に思いながらも、優しい母と山里の生活を続けていた。



ある日、母は小太郎に真実を告げる。「私は龍なのです。もうこの姿ではいられません」と。母は涙ながらに別れを告げ、川へ姿を消す。小太郎はその言葉に打ちのめされるが、母の教えを胸に、真実を探して旅に出ることを決意する。



旅の途中、小太郎は龍の住む山深い湖にたどり着く。そこで彼は、湖の主である老いた龍に導かれ、母の真の姿とその理由を知る。母は山の守り神であり、人間の世界に降りて小太郎を産んだのだった。



小太郎は湖で母龍と再会する。母はもう人間の姿には戻れないが、龍の姿で優しく小太郎に語りかける。「人と自然を結ぶ者となりなさい」と。小太郎は母の言葉を胸に、山の守り手としての道を歩み始めるのだった。