語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

21.『江戸小咄』の「雪隠(せっちん)」

100えんメガネ

長屋暮らしの与太郎(よたろう)、近ごろ読書に目覚めたと、大家に自慢げに話す。
「本ってのは、えれぇもんですねぇ」と言いながら、小脇に抱えていたのは、どこか古びた冊子。大家がちらと覗けば、なんとそれは、雪隠(せっちん)=便所の貼り紙ではないか。



「お前さん、こりゃ“用足し”のとこに貼るもんだぞ」と大家が呆れると、与太郎は「いえ、字がきれいだったんでね、ちっと真似して書き取りしてるんです」と至って真剣。
「なるほど、学問に道はねぇってぇが、便所の張り紙に手習いとは」と、周囲の住人たちも苦笑する中、与太郎はまじめに筆を走らせる。



ある日、近所の子どもが「せっちんの貼り紙がなくなってる」と大騒ぎに。
大家が調べに行くと、例の貼り紙は与太郎の部屋にちゃんと保存されていた。しかも、手本として何枚も丁寧に写した習字とともに。
「この『用足すべからず』って文句、すごく味がありまして」と得意げな与太郎。思わず大家も「そこまで愛されるとは、便所の神様もびっくりだな」と呟く。



その後、与太郎は近所の子どもたちにも字を教えるようになり、「雪隠先生」と呼ばれるように。
長屋の裏手、物干し場の隅っこで、今日も「用足すべからず」の貼り紙を前に、真剣に筆をとる姿に、町の人々はあたたかな笑みをこぼす。
――江戸の町では、学びの道もまた、どこに転がっているかわからない。雪隠にだって、粋な教えが潜んでいたのでござんす。