16.『江戸小咄』「医案(いあん)」
長屋の裏手に住む与太郎、ある朝から腹が痛いと顔をしかめる。隣のご隠居が心配して見舞うと、「昨夜の豆腐が悪かったのかも」と与太郎。だが様子がどこか芝居がかっている。ご隠居、「お前、医者にかかったことはあるかい?」と問うと、「へぇ、なしでさぁ。医者は高ぇし、薬も苦ぇし」と苦笑い。

だが、痛みが引かぬと聞き、ご隠居は心配し、近くの町医者を紹介する。「あの先生は腕がいいし、なにより話が洒落てる」と。渋々ながら、与太郎は診てもらうことに。診察を終えて帰ってくると、「先生にゃ、腹より頭が問題だと言われやして」と神妙な面持ち。ご隠居、「それはまた、どういうことだ」と眉をひそめる。

与太郎曰く、「腹の具合は気のせい、むしろ頭が軽すぎるから世間が冷たく感じるのだと…」と、やや得意気に語る。ご隠居、笑いをこらえて「そりゃあ医案(いあん)どころか、妙案(みょうあん)だねぇ」と返す。だが、与太郎は深刻な様子で、「先生に言われたとおり、明日から“知恵を溜める湯治”にでも出やして…」と真顔。

その晩、ご隠居が再び覗くと、与太郎は頭に手拭を巻き、火鉢の前で「知恵が沸くのを待ってます」と真剣そのもの。ご隠居は苦笑しつつ、「そいつぁ湯治じゃなくて、ただの蒸し焼きだよ」と肩を叩いた。
――江戸の長屋には、病も薬も、そして笑いもまた、人情で効くものでござんす。

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