15.『江戸小咄』「蜜柑(みかん)」
ある冬の日のこと。貧しい長屋に住む八五郎(はちごろう)、体調を崩した幼い娘のために何か滋養のあるものをと、町中を歩き回る。寒空の下、売り声が聞こえてきた。「みかん、みかん〜」と威勢のいい声。娘が蜜柑を食べたがっていたのを思い出し、懐の小銭を握りしめて、八百屋の露店に立ち寄る。

だが、手持ちの銭では蜜柑が三つしか買えない。八五郎は困りながらも、八百屋にこう頼む。「すまねえが、皮だけ五つ分くれねえか」。娘には蜜柑を三つ、皮は五つに見せれば、きっと喜ぶだろうと考えたのだ。八百屋は一瞬きょとんとするも、訳を聞いて感心し、「よしきた、皮は好きなだけ持っていきな」と笑って渡す。

八五郎、蜜柑をそっと風呂敷に包み、長屋へ帰る。娘は寝床の中で目を輝かせ、「お父っつぁん、蜜柑の匂いがする」と嬉しそうに起き上がる。蜜柑三つを見て、「こんなにたくさん!」と大喜び。皮も添えてやれば、部屋中に爽やかな香りが広がる。貧しい暮らしの中にも、ほんのりとした幸せが満ちたひととき。

夜更け、隣の長屋のご隠居が様子を見に来て、蜜柑の匂いに気づく。「おや、贅沢だねぇ」と茶化せば、八五郎は頭をかきながら「いや、皮の方が多うござんして」と笑う。ご隠居は目を細めて、「粋な親バカだねぇ」と呟いた。――江戸の冬、貧しくとも心はあたたかい。蜜柑の香が、町にそっと福を運んでいた。

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