7.『江戸小咄』「盗人(ぬすっと)」①
夜も更け、長屋の一軒に泥棒が忍び込んだ。家主は目を覚ますが、寝たふりをして様子を窺う。部屋の隅でごそごそ音がする。「さて、何を盗ってゆくやら」と心で思いながら、家主はそっと耳を澄ませる。

ところが、盗人は戸棚や箪笥を探っても、何も見つからぬ様子。ため息まじりに「こりゃ貧乏長屋もいいとこだ」とぼやく声が聞こえる。家主は内心、少し恥ずかしく思いながらも、つい意地が湧いてくる。

やがて盗人、「仕方ねえ、帰るか……」と呟いた。すると布団の中から家主が顔を出し、「ちょいと待ちな、せっかく来たんだ、茶でも飲んでけ」と言う。盗人は仰天するが、家主はにっこり笑い、「金目のものはねぇが、人情なら残ってる」と声をかける。

驚きと戸惑いの中、盗人は茶を受け取る。「あんた、いい人だな」と呟きつつ、静かに頭を下げて出ていった。翌朝、家主は隣人に語る。「昨夜の客は何も盗らずに、人情を一つ置いてったよ」。江戸の夜は、そんな粋な気配に包まれていた――。

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