語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「三冊の本」

100えんメガネ

今、宮沢賢治、太宰治、そしてこれから芥川龍之介を読もうとしている。三人とも同じ日本の作家なのに、人生への向き合い方がずいぶん違って見える。宮沢賢治を読んでいると、「今が苦しいなら、少しでも良い方へ変えてみよう」と、外へ向かって歩き出す力を感じる。



宮沢賢治の登場人物たちは、貧しさや厳しい自然の中にいても、知恵を出し、働き、仲間と助け合いながら、今より少し良い場所を探そうとする。現実は厳しくても、どこかに光がある。「ここが駄目なら、別の道を探してみよう」という姿勢が、私には賢治らしく思える。



ところが太宰治になると、少し様子が違うように感じる。「世の中はそう簡単には変わらない。それなら、この狭い場所で笑ったり、酒を飲んだり、人に甘えたりしながら生きてみよう」とでもいうようだ。では芥川龍之介はどうなのか。まだこれから読む私には、賢治と太宰の間に立って、世の中を冷静に観察している人のようにも見える。



賢治は「環境を変えてみよう」、太宰は「変わらないなら、その中で何とかやろう」。さて芥川は何と言うのだろう。これから読んで確かめるのが楽しみである。ただ三人を読み終えたころ、私自身の暮らし方まで変わっていたら困る。賢治のように旅立つ体力もなく、太宰のように酒に逃げることもできない。――結局私は、芥川を読んでもいつもの椅子から動かないのである。