語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

『粋の極み ・笑いの匠たち』40~42

100えんメガネ

40.柳家金語楼(やなぎや きんごろう )

生年月日明治34年(1301年) 2月28日

没年月日昭和47年(1972年) 10月22日

享年:71歳



柳家金語楼(やなぎや きんごろう )本名山下 敬太郎(やました けいたろう)は、東京で生まれた落語家・喜劇俳優です。6歳で初舞台を踏み、三遊亭金登喜(きんとき)を名乗って活動を開始しました。後に柳家小さん門下となり、初代柳家金三を経て、初代柳家金語楼を襲名しました。兵役経験をもとにした新作落語「噺家の兵隊」で人気を博し、喜劇俳優としても舞台や映画、テレビで活躍しました。昭和5年(1930年)には春風亭柳橋らと日本芸術協会(現在の落語芸術協会)を設立し、落語界の発展に寄与しました。また、筆名「有崎勉(ありさき つとむ)」で600本以上の新作落語を執筆し、発明家や陶芸家としても才能を発揮しました。晩年にはNHKのクイズ番組『ジェスチャー』の白組キャプテンとしてお茶の間の人気者となり、昭和47年(1972年)に71歳で亡くなりました。



41.五代目 柳家 小さん

生年月日:大正4年(1915年)1月2日

没年月日:平成14年(2002年)5月16日

享年:87歳



五代目 柳家 小さん(本名:小林 盛夫)は、長野県長野市で生まれ、昭和8年(1933年)に四代目柳家小さんに入門しました。前座名「栗之助」を経て、昭和14年(1939年)に二つ目に昇進し「柳家小きん」と改名。昭和22年(1947年)には真打ちとなり「九代目柳家小三治」を襲名し、昭和25年(1950年)に「五代目柳家小さん」を襲名しました。滑稽噺を得意とし、特に「時そば」や「粗忽長屋」などで知られ、巧みな話芸と豊富な表情で多くの聴衆を魅了しました。昭和47年(1972年)から平成8年(1996年)まで落語協会会長を務め、平成7年(1995年)には落語家として初めて人間国宝に認定されました。平成14年(2002年)5月16日に87歳で逝去されました。


42.柳家小三治(10代目)

生年月日:昭和17年(1942年)12月17日

没年月日:令和3年(2021年)10月10日

享年:78歳



10代目柳家小三治(やなぎや・こさんじ)は、昭和・平成・令和にわたり活躍した名人落語家。本名は郡山剛蔵(こおりやま ごうぞう)。昭和37年に柳家小さん(5代目)に入門し、頭角を現す。古典落語を得意とし、特に人情噺や滑稽噺においては独自の間と語り口で聴衆を魅了した。また、マクラ(本編前の小話)にも定評があり、その軽妙洒脱な語りは「語りの芸術」と称された。平成13年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、落語協会会長も務めた。演者としてだけでなく、エッセイや随筆でも表現力を発揮し、多方面に影響を与えた現代落語界の至宝である。