44.『江戸小咄』「角力場(すもうば)」
両国の角力場。春の大一番を控え、江戸っ子たちの胸も高鳴る。見物席は朝から満席、長屋の与太郎もご隠居に誘われ、尻をはたいてやって来た。弁当片手に、「どうせ土俵際のどっこい勝ちよ」と、さっそく通人ぶる。

土俵入りが始まり、大男たちがずらりと並ぶ。与太郎はひときわ小柄な若い力士に目を止め、「あっしはあの若い衆が勝つ気がしますねぇ」と得意げに語る。周囲は笑いながら、「相手は関脇だよ、無理無理」と冷やかす。

いよいよ取組。立合いの瞬間、若い力士はまるで紙のように吹っ飛ばされ、土俵の外へ真っ逆さま。会場はどっと沸く。与太郎はしばらくぽかんとしていたが、「……見事な飛びっぷり! あれが“粋”ってもんでさぁ!」と拍手喝采。ご隠居は思わず吹き出す。

帰り道、与太郎は鼻歌交じりに言う。「勝った負けたより、見せ場ってのが大事なんでしょ?」ご隠居は笑ってうなずく。「江戸っ子ってぇのは、負けても拍手する心を忘れちゃいけねぇんだよ」――
江戸の角力場では、力と笑いと人情が、土俵の上でぶつかり合っていたのでござんす。

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