43.『江戸小咄』「豆腐屋(とうふや)」
夕暮れ時、長屋に豆腐屋の声が響く。「とうふ〜、とうふ〜」と、のんびりした売り声に、子どもらが顔をのぞかせ、大人たちは鍋を手に立ち上がる。豆腐屋の与太郎は、顔はぼんやり、声はのんびり。けれど、どこか憎めぬ調子で、町の人気者だった。

ある日、近所の女房衆が噂話。「最近、あの与太郎、豆腐に“ひと言”つけて売るらしいよ」──例えば、絹ごし豆腐を差し出しながら「これは恋に似て、とろけます」とか、木綿豆腐には「人生、歯ごたえが肝心で」などと語るという。みな興味津々で、つい買ってしまうのだという。

ある晩、品の良い老侍が通りかかり、与太郎の豆腐を買う。与太郎は笑顔で一言、「これは“覚悟”の味でして」。侍は感心して尋ねる。「どういう意味か」。与太郎は、ぽりぽり頭をかきながら、「豆腐は崩れやすいでしょう。でも、あっしらは毎日、崩さずに売ってます。だから“覚悟”がいるんです」。老侍、しばし黙して、深くうなずいた。

翌日から、与太郎の前には行列ができた。誰もが、豆腐と共に“ひと言”を楽しみにするようになったのだ。長屋の婆さんが笑って言う。「江戸の豆腐屋にも、粋と哲学があるんだねぇ」
――江戸の町には、味だけでなく、**言葉と心を添えて売る“商いの道”**があったのでござんす。

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