40.『古典落語』「桃太郎(ももたろう)」
ある夜、町内の隠居の家に若い衆が集まって、昔話を肴に長話。そこへ話題にのぼるのが、誰もが知っている「桃太郎」。ところが隠居、これが気に入らない。「犬がきび団子ひとつで命を賭けるわけがない」と理屈をこね、「鬼退治に行くなら、まずは武士に頼むべきじゃろう」と屁理屈満載。若い衆は「まあまあ、話なんだから」となだめるが、隠居の“ちゃちゃ”は止まらない。

「桃が流れてくる? そりゃ川上に誰かいるってことだ」「鬼の宝を盗って帰ってくる? それじゃ泥棒だろう!」と、隠居は次々に突っ込みを入れ、しまいには「犬・猿・雉が言葉を喋る? それは気味が悪い」とまで言い出す始末。もはや昔話というより、落語家の話術が冴えわたる“桃太郎再解釈”が展開される。聞いている若者たちも、唖然としつつ、だんだん笑いが止まらなくなる。

隠居、「どうせなら江戸風に仕立て直そうじゃねえか」と、勝手に新解釈の桃太郎を作り出す。桃太郎は日本橋の商人のせがれ、犬は番犬、猿は芸人、雉は魚屋の親父という設定。鬼ヶ島は深川の外れ、鬼は札差しの取り立て屋たち。きび団子の代わりに団子屋のだんごで、「しょう油だれでなきゃ動かねぇ」とごねる猿。まさに江戸人情とちゃっかり根性が詰まった桃太郎一座が誕生する。

最後は隠居、「昔話っつうのは、子供に夢を与えるためにあるもんだ」と自らの屁理屈を棚に上げるような発言で締めくくる。若い衆、「結局、じいさんの話が一番お伽噺みたいだ」と大笑い。夜の長屋に笑い声が広がり、落語ならではの“くだらなさの妙”と“江戸の洒落っ気”で幕を閉じる――。

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