5.『江戸小咄』「鞠」
春の夕暮れ、長屋の裏手で近所の子どもたちが手鞠(てまり)遊びに興じていた。歌に合わせてぽんぽんと鞠が弾み、笑い声が路地に響く。そこへ通りかかったのは、隣町のご隠居。子どもらの様子を微笑ましく見守るも、ふと一つの鞠が転がって彼の足元へ。

ご隠居、器用にその鞠を手に取り、子どもたちに返すかと思いきや、自らぽんと一つ打ってみせる。「昔とった杵柄よ」と得意げに。ところが手がすべり、鞠は隣家の塀を越え、向こうの軒下にすっぽり。子どもらはあんぐり、ご隠居も「こりゃまた…」と苦笑い。

そこへ現れたのが、塀の向こうの主(あるじ)、頑固で有名な大工の熊さん。「誰だい、うちの庭に投げ込んだのは!」と声を荒げる。ご隠居、恐縮しながら「わしがやりまして…すまぬ」と頭を下げるも、熊さん「子どもの遊びに大人がしゃしゃり出るこたぁねえ!」と一喝。子どもたちは固まり、ご隠居はさらに頭を下げる。

しかし、少し間を置いて熊さん、「でもまあ、ご隠居がそう言うなら――」と庭から鞠を拾って戻り、「ほらよ、大事な鞠だろ」と笑って渡す。ご隠居も笑い、「まったく、年甲斐もなく張り切っちまった」と照れ隠し。
春風がふと吹き抜け、鞠はまた軽やかに弾む。江戸の夕暮れ、鞠一つで生まれる小さな騒動もまた、町のぬくもりであった――。

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