語り継ぐこころ/日本おとぎ噺・江戸小咄・古典落語・笑いの匠たち

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たちのダイジェスト版と挿絵です。たまに、私の与太話が入ります。 文も挿絵もChatGPTが作っています。   よかったら ★nice! をポチット押してね。

「私の与太話」「化粧しすぎ」

100えんメガネ

最近、化粧について少し思うことがある。若い人の顔を見ていると、まつ毛をくっきり描く人と、ぼやっと自然に描く人がいる。昔はそんな違いなど気にも留めなかったが、年を取ると、まつ毛一本にもその人の考え方が出るように見えてくる。顔というものは、案外、正直な看板である。



くっきり描いたまつ毛は、最初のうちは目元を華やかにする。ところが、だんだん線が強くなり、眉も唇も頬も負けじと主張し始める。すると顔全体が、人間の顔というより、部品を貼り合わせたように見えてくる。本人は整えているつもりでも、こちらには精密機械の点検前に見える。



年を取れば、誰でも顔は変わる。しわもたるみも、長年使った証文のようなものだ。それを無理に伸ばし、削り、足し、隠そうとすると、かえって不自然さが目立ってくる。若さを取り戻すつもりが、いつの間にか若さの模型になってしまう。顔は修理しすぎると、故障の場所ばかり目立つのである。



その点、少しぼやけたまつ毛や、自然な顔つきには安心がある。人間の顔は、工場で作る製品ではなく、日々の暮らしで少しずつ出来上がるものだ。作ろう作ろうとするより、自然体のほうがよく見えるのは、私だけだろうか。もっとも私の場合、自然体を通り越して、顔そのものがすでに無修正の古文書である。