25.『古典落語』「転宅(てんたく)」
長屋住まいの一人の男、名を熊五郎(くまごろう)という。元は大泥棒だが、今は「足を洗った」と言い張り、昼から酒をあおる日々。そんな熊五郎のもとへ、昔の盗人仲間が訪ねてくる。「いい家を見つけたんだが、お前の“嗅覚”を借りたい」と誘うのだ。
狙うは、大店(おおだな)で隠居した老夫婦の家。品も良く、金目の物があると踏んだ二人は、夜の町へと出かけてゆく。

家の様子をうかがう熊五郎。雨戸のすき間から覗き込むと、白髪の隠居が独り言をつぶやいている。「この絵は、亡き妻との思い出…」「この壺は、父から授かった…」と、道具一つ一つに大切な思いが込められているらしい。
熊五郎は、最初こそ「これは高く売れそうだ」と目を光らせていたが、話を聞くうちに心が揺れる。盗む気が徐々に失せ、「こんな人から奪っては罰が当たる」と感じ始める。

いよいよ決行の時。仲間が塀を越えようとするのを、熊五郎が止める。「ここはやめとけ、何もない」と告げ、相棒を無理やり引き戻す。
翌朝、熊五郎は一人で隠居の家へ向かい、こっそり訪ねる。
「昨夜、泥棒が狙っていた。あっしが止めときましたぜ」と告げると、隠居は礼を述べ、「これは気持ちだ」と小判を渡そうとする。
熊五郎はそれを断るどころか、何と、自分の古道具を隠居に渡し始める。「これはあっしの母親が…」「こいつは幼なじみの形見でして」と、適当な話を交えて、自分のガラクタを「転宅」させようとするのだった。

隠居は熊五郎の話を真に受け、「お前さんもつらい思いをしてきたんだねえ」と感涙。熊五郎もまんざらではない顔をし、静かに頭を下げて去っていく。
「盗まずに済んだ」「古道具も片付いた」「感謝もされた」と、一石三鳥に満足げな熊五郎。
夕暮れの江戸の裏道、狐につままれたような顔の相棒が一言、「お前さん、盗人やめて一番の大仕事したな」。
こうして熊五郎の「転宅」は、江戸らしい情と笑いに包まれて幕を閉じる――。

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