『宮沢賢治の詩と心象風景』第三回 「松の針」
【原文】
さつきのみぞれをとつてきた
あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
【現代語訳文 】
さっき降ったみぞれの中から取ってきた、あの美しい松の枝だよ。
おまえは待ちきれなかったように、熱い頬をその緑の葉へ押し当てる。
青く硬い植物の針に、頬を激しく刺させながら、なお貪るように触れようとする。
その姿が、どれほど深く、私たちの心を驚かせることだろう。

【原文】
そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた
(*ああいい さつぱりした
まるで林のながさ来たよだ)
鳥のやうに 栗鼠のやうに
おまへは林をしたつてゐた
【現代語訳文 】
それほどまでに、おまえは林へ行きたかったのだね。
高い熱に焼かれ、汗と痛みに苦しんでいたその時、私は日の当たる場所で楽しく働き、ほかの人のことを考えながら森を歩いていた。
「ああ、いい。さっぱりした。まるで林の中へ来たようだ」
鳥のように、栗鼠のように、おまえは心から林を恋い慕っていたのだ。

【原文】
どんなにわたくしがうらやましかつたらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ
おまへの頬の けれども
なんといふけふのうつくしさよ
【現代語訳文 】
おまえは、どれほど私をうらやましく思っていたのだろう。
ああ、今日のうちにも遠いところへ去ろうとしている妹よ。
本当に、おまえはたった一人で行ってしまうのか。
どうか私にも、一緒に来てほしいと頼んでくれ。
泣きながら、そう言ってくれ。
それなのに、おまえの頬は、今日という日の光の中で、なんと美しいのだろう。

【原文】
わたくしは緑のかやのうへにも
この新鮮な松のえだをおかう
いまに雫もおちるだらうし
そら
さはやかな
terpentine(ターペンテイン)の匂もするだらう
【現代語訳文 】
私は、緑の蚊帳の上にも、このみずみずしい松の枝を置こう。
やがて冷たい雫が、静かにこぼれ落ちるだろう。
ほら、林から届いたような、すがすがしい松脂の香りもしてくる。
その青い匂いに包まれて、おまえが少しでも故郷の林を感じられるように。

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