「私の与太話」「沖縄慰霊の日」
6月23日は沖縄慰霊の日。沖縄戦の組織的戦闘が終わったとされる日で、沖縄では戦没者を悼む大切な日である。あの戦は、ただの地方戦ではなく、本土決戦を前にした最後の防波堤のように扱われた。

日本軍は、沖縄で米軍の力をそぎ、本土で逆転するつもりだったのだろう。だが、その作戦の中に、沖縄の人々の暮らしや命がどれほど入っていたのか。地図の上では島でも、そこには家も畑も墓も家族もあった。

「日本を守るため」と言いながら、沖縄だけは日本の外側に置かれたようにも見える。まるで植民地なら傷ついても仕方ない、とでもいう扱いだ。住民を巻き込んだ戦は、国のためという言葉の裏で、人を置き去りにした。

結局、沖縄は盾にされたが、本土も救われたわけではない。盾にするつもりが、国の心の穴をさらしただけだった。戦争で一番丈夫だったのは、軍の作戦ではなく、あとから言い訳する口の皮だった。

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