よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

2. 『江戸小咄』「桃太郎」

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ある町内に、子ども好きで評判の長屋の爺(じい)さんがいた。名は八兵衛。日がな一日、近所の子らに昔話を聞かせるのが日課で、とりわけ「桃太郎」の話は大人気。鬼ヶ島へ行くくだりでは、子どもたちも刀を振るまねをして大騒ぎ。「よっ、桃太郎!」なんて声も飛ぶ。八兵衛は得意げに話を続けるが、その内容は少々変わっていて――。

「桃から生まれた桃太郎、犬・猿・雉をお供に、鬼ヶ島へ渡るってぇと……」と始まるものの、肝心の鬼退治では、「鬼と談判して酒盛りになった」「宝を譲ってもらって和解した」など、肝心の立ち回りがない。子どもらは不満げに「もっと戦ってよ」とせがむが、八兵衛は「いやいや、争いごとはいけねえ」と笑って取り合わない。

ある日、若旦那が様子を見に来て、「八さん、その桃太郎、ちと軟弱じゃねえか?」と口を挟む。「昔話ってのはもっと痛快にいかねえと」と言われ、八兵衛はしばし考え込む。そして翌日、「さてさて、今日は特別篇だ」と始めた話は、桃太郎が江戸で豆腐屋を開業し、鬼ヶ島に店を出す話。鬼と商売繁盛し、豆腐が飛ぶように売れたという結末に、子どもらもぽかんとする。

最後に八兵衛、にこりと笑ってこう締めくくる。「鬼だって腹は減る。豆腐くらい喰わしてやんな」。隣の婆さんが「八さん、それじゃ鬼退治じゃなくて鬼接待だよ」と突っ込み、みな大笑い。江戸の夕暮れ、笑い声が長屋にこだまする――そんな、平和で人情味あふれる小咄であった。

3.『日本おとぎ噺 』「八つ化け頭巾」

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むかし、旅好きの若者がおりました。ある日、山道を歩いていると、見知らぬ茶屋がぽつんと立っており、美しい女主人がひとりで切り盛りしていました。若者はふと心を惹かれ、茶を所望します。女主人は静かに笑いながら、「これを被れば、どこでも自由に行けましょう」と、一枚の頭巾を若者に手渡します。それは、姿を隠し、さまざまな者に化けられるという不思議な頭巾でした。

若者は頭巾の力を試してみると、狐に、老婆に、果ては役人にまで化けることができ、大いに楽しみます。街でいたずらをしたり、酒場で騙し騙される日々を送ります。だが次第に、化けた姿に頼りきってしまい、本当の自分を忘れていくのです。「誰かになれること」に酔いしれる若者は、もはや故郷にも顔を出さなくなっていました。

ある日、ふとあの茶屋を思い出し、若者は再び山を訪れます。すると変わらぬ姿の女主人が静かに迎えてくれました。「言ったでしょう。自分を忘れるぞと」――そう言う彼女の言葉に、若者はハッとします。茶を出され、その湯気に映るのは、かつて純粋だった自分の面影。涙を浮かべた若者は、ようやく目を覚まします。

若者は頭巾を脱ぎ、深く礼をして茶屋をあとにします。それからはもう化けることはせず、素顔で旅を続けました。人はどんな姿にもなれるけれど、心の軸を見失ってはならぬ――若者の旅は続きましたが、心には確かな「自分」が戻っていたのです。

1.『古典落語』「寝床(ねどこ)」

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旦那衆の中でも、義太夫好きで知られる呉服屋の旦那。ある日、番頭や手代たちを座敷に呼びつけ、「今晩は義太夫を一席聴かせる」と高らかに宣言する。商売の話かと思いきや、義太夫の披露。だが、使用人たちは気が重い。なにせ旦那の義太夫は、音程は外れ、節回しも乱れ、耳にするのが苦痛なほど。「またあの『寝床』か……」と顔を曇らせる者もいる。だが、旦那の機嫌を損ねれば商売に響く。誰も断れず、しぶしぶその場に残る。

夜も更け、座敷に設えられた小舞台。三味線を抱えた旦那が悠々と現れ、調子をとって義太夫を始める。座敷には重々しい空気が漂う。汗をぬぐいながら、無理やり笑顔を浮かべる番頭。まぶたを閉じて舟を漕ぐ手代。外に逃げ出したいのをぐっとこらえ、皆で「いいお声でございますなあ」とお世辞を言うのがやっと。しかし旦那は満足げで、「来週もまた一席やるぞ」とにこにこしている。

何日か後、旦那はまたも義太夫会を開こうとするが、番頭は「荷の仕入れがございます」と言い、手代たちも皆、言い訳して姿をくらます。業を煮やした旦那は怒鳴る。「わしの義太夫がそんなに下手か!ああ下手さ。だがな、わしはな、好きでやってるんだ!」と怒りを爆発させる。だが、ふと冷静になり、「やっぱり無理強いはいけないな…」と反省する。「これからは無理に聴かせるようなことはせん」と、義太夫会の中止を告げるのだった。

その後、店の者たちは安堵し、旦那もあっさり引き下がった様子に内心ほっとする。だが数日後、再び座敷に呼ばれた一同の前に、旦那が登場。「今晩は誰にも強制はしない。ただ――わしは唸る」と言い放ち、またしても三味線を取り出す。使用人たちは「また始まったか……」と苦笑いしつつも、どこか江戸の人情味を感じさせる場面に、思わずくすりと笑ってしまう。下手でも、好きなことを貫く旦那の姿が、妙にいとおしい。

2.『日本おとぎ噺 』「笠地蔵」

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昔々、雪深い山里に、心優しいおじいさんとおばあさんが暮らしていました。ふたりはとても貧しく、年の瀬が迫っても正月の準備もままなりません。
ある朝、おじいさんは「少しでも銭に替えられれば」と、家にあった手作りの笠を六つ持って町へ売りに出かけます。

町では誰も笠を買ってくれず、おじいさんはがっかりして帰る途中、道ばたに雪をかぶった六体の地蔵さまに出会います。
「こんな雪の中ではお寒かろう」と、売れなかった笠を地蔵さま一人ひとりに丁寧にかぶせ、最後の一体には自分の頭巾をかぶせてあげました。手を合わせ、「どうぞよい年を」と一礼し、帰路につきます。

その夜、おばあさんに今日の出来事を話していると、外から鈴の音とともに不思議な足音が近づいてきます。戸を開けると、そこにはなんと地蔵さまたちが米俵や餅、野菜、反物などを背負って現れたのです。
「これは恩返しじゃ」と言わんばかりに、静かに荷を下ろし、再び雪の中へ消えていきました。

老夫婦は目を潤ませながら、心から感謝し、いただいた品々で新年を迎えました。ふたりは「欲をかかず、人にやさしくすれば、きっと良いことがある」と語り合い、地蔵さまへの感謝を忘れずに、静かで幸せな正月を過ごしたのでした。

1.『江戸小咄』「鹿の子餅」

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ある日のこと、深川あたりに住む商人の男が、久々に江戸の親戚を訪ねることとなった。手土産には名物の「鹿の子餅(かのこもち)」を選ぶ。艶やかでつやつやとしたあずきの粒

が、鹿の子模様に似て見事な仕上がり。男は風呂敷に丁寧に包み、「これは見た目も味も上等、きっと喜ばれるにちがいない」と意気揚々と出かけた。

ところが途中、浅草の観音様へお参りしようと、しばし門前町に立ち寄った折、風呂敷を脇に置いたまま、香具師の見世物に見入ってしまう。しばらくして戻ってみれば、風呂敷ごと「鹿の子餅」が跡形もなく消えている。男は大いに慌て、「これはまいった、せっかくの土産が……」と頭を抱える。

仕方なく手ぶらで訪ね先に向かい、事情を話して平謝り。「まあまあ、そんなこともありますわい」と笑って許してくれたが、男はどうにも面目が立たぬ。その晩、宿へ戻った男、どうにも寝つけぬまま、ふと夜更けに便所へ立った。すると、裏庭の塀越しから、何やら猫がうれしげにくちゃくちゃ音を立てて食べている。

気になって近づいてみれば――猫の前には見覚えのある風呂敷。そして中には、崩れかけた「鹿の子餅」の残りが。男は苦笑しつつ、「猫に鹿の子とは、粋なやつだ」とつぶやく。江戸の夜は更け、風がそっと餅のあんこの香を運んでいった――。