70.『古典落語』「狂歌のもち」
江戸の町、春の宵。長屋に住む風流人・与七(よしち)は、近所でもちょっと名の知れた狂歌好き。ある日、町内の若い衆が集まって花見の相談をしていると、与七が「どうせなら、花と酒と狂歌で盛り上がろう」と提案する。皆も賛同し、もち代と酒代を出し合い、豪勢な花見を計画することに。与七は得意満面で、「もちを見て一句詠む」と張り切っていた。

花見当日、皆で隅田川の土手へ出かけ、桜の下で酒盛りが始まる。与七は大福や草もち、きなこもちを見ては、「花も団子も心の春よ きなこ舞う」とか「草もちに 花の香うつし 春の風」など、なかなか気の利いた狂歌を詠んで見せる。周囲の者も「さすが与七さん」と感心し、大いに盛り上がる。

宴もたけなわ、酒もまわってきた頃、ふと誰かが「しかし与七さん、もちは詠むだけで、食べませんな」と声をかける。与七はうろたえ、「いや、わたしは風流で腹がふくれるもので……」とごまかすが、実は与七、もちは大の苦手。過去に喉につかえて死にかけたことがあり、それ以来もちだけはどうしても食べられないのだ。それを隠して、風流ぶっていたというのが、実のところ。

仲間たちはそれを聞いて大笑い。「狂歌は粋だが、腹は空くぜ」と与七をからかう。与七も観念し、「腹では詠めぬ歌もある」と頭をかく。結局、皆で与七に「歌はよし、餅はわしらが食う」と言いながら、残りのもちをたいらげる。春の宵、狂歌と笑い声が桜の花とともに、江戸の空へふわりと舞い上がっていく――

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