『知られざる 宮沢賢治童話 』 第一回 「かしわばやしの夜」第4話 夜明けと柏林の別れ/全4話
歌くらべが始まると、柏の木たちは月明かりの下で、風や雨、鳥や山のことを次々に歌った。画かきは手帳に印をつけながら真剣に聞き、大王と清作も争いを忘れて耳を傾けた。夜の柏林は、木々の声と葉音に満たされた。

歌が終わるたびに大王は得意そうに胸を張り、木々は自分こそ一番だとざわめいた。しかし画かきは、どの歌にも違った面白さがあり、簡単には優劣を決められないと答えた。清作も次第に笑顔を見せ、森には穏やかな空気が戻った。

やがて東の空が白み始め、月は薄くなった。朝の鳥が鳴くと、柏の木たちは急に静まり、元の森の姿へ戻っていった。画かきは、昨夜の出来事が夢だったのかと思ったが、手帳には木々の歌と不思議な印が残っていた。

画かきは大王と清作に別れを告げ、絵を抱えて柏林を後にした。振り返ると、朝日に照らされた森は何事もなかったように静かに立っている。それでも葉がかすかに鳴り、木々が別れの歌を送っているように聞こえた。
