よもやま文庫/語り継ぐこころ

日本おとぎ噺・江戸小咄、古典落語・笑いの匠たち・私の与太話・古典小説のダイジェスト版と挿絵です。 文も挿絵もChatGPTが作っています。ちょんまげの描写が正しくできません。お許しを。

69.『古典落語』「堀の内」

100えんメガネ

八五郎(はちごろう)は、江戸・長屋に暮らす気のいい町人。ある日ふと思い立って、最近評判の堀の内の御利益(ごりやく)様――つまり堀之内妙法寺(現在の東京都杉並区)にお参りに行こうと決める。「病気平癒の神様だそうで、こりゃ行かにゃ損だ」と、鼻息も荒く準備を始める。だが、長屋の連中は「お参りにゃマナーがある」とうるさい。なかでもご隠居が、「粗相があっちゃバチが当たるぞ」と念を押すものだから、八五郎は急に不安になってきた。



そこで八五郎、ご隠居にあれこれ尋ね始める。「お寺ってのは、手ぇ合わせる順番とかあるんで?」と聞けば、「まず手を清めて、山門では一礼、本堂では二拝二拍手一拝じゃないが、合掌して心を込めるんだ」と丁寧な説明が返ってくる。さらには「線香は何本? お賽銭はいくら? 道中で立ち小便しちゃダメ?」など、次から次へと質問の嵐。しまいには「本堂って、上がっちゃいけねえの? 履き物脱ぐのかい?」と聞くたびに、隠居も頭を抱えてしまう。



いよいよ当日、八五郎は身ぎれいにして出かけるが、長屋を出てすぐに戻ってくる。「おいおい、もうお参り終わったのかい?」と隣人に聞かれ、「いや、その、道すがら、あれやこれや考えてたら……何しに行くんだったか忘れちまってさ」と頭をかく。しばし沈黙のあと、「いや、そもそもオレ、病気してねえんだった!」と大真面目に言い放つ。これには長屋中がずっこけて、大笑い。



ご隠居が「せっかくの信心が台無しだよ」と呆れる中、八五郎は「いや、でもさ、忘れたってことは、病気の心配がないって証拠だろ?」と得意げ。江戸の町には、こうしたどこか抜けていても憎めない町人がいて、信心よりも洒落と笑いが勝る場面も多々あった。
落語『堀の内』は、そんな江戸っ子の軽妙さと、信仰の形すら茶化してしまう粋なユーモアが香る一席である。


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